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女の子は真っ白な雪原をどんどん進んで行く。その速度はずいぶん早い。彼女が作った踏み跡に足を置いて辿って歩くことで、僕はどうにか付いて行くことが出来た。
しばらく歩いたところで女の子は立ち止まった。少し前にある雪のなだらかな盛り上がりを見つめ、ちらりとこちらを振り返ってから歩き出した。方向を少し右寄りに変え、盛り上がりに近づかないように弧を描いて歩いて行く。盛り上がりの周辺を通り過ぎると、また真っ直ぐに歩き始めた。
「ねえ、今の所に何かあったの?」
僕は弾む息の中、女の子に尋ねると、女の子は歩きながら、盛り上がりの方向に目をやって答えた。
「あっこはね、黒百合がよおけ生えてくるところなんよ。うちらの里の娘は黒百合の花をまじないに使うけぇね。踏みつけるのはかわいそうじゃけぇ、よけて通ったんよ」
「まじないって?」
「黒百合は春になったら、空に向かって真っすぐに茎と葉を伸ばしてね。梅雨が明けたらてっぺんに黒紫の花を咲かせるんよ。里の娘は年頃になったら黒百合の花を一本摘んで……。あ、いけんわぁ」
「え?」
「これは、云うたらいけん話じゃった」
「まじないの話だから?」
「そもそも里の話を外の人にしたらいけんかったんよ。今の話は誰にも云わんとってね」
「うん」
「山の草とか花の話じゃったら、ええんじゃけどね」
女の子は歩きながら、左右の雪原のあちこちを指さして、ここにはどの季節にどんな花が咲く、あそこにはどんな形の実がなってそれをどう使う、と話し始めた。指さした先にあるのは積もった雪だけだったけど、楽しげに話す女の子の声を聴いていると、僕にも花が咲き誇る景色が見えたような気がした。
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