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ひんやり、ひやり、ひんやり。
「今日は『ひんやり』の話をお届けします」
「あぁ……そうなの」
「はい。
まぁ別にあなたにそういう話は期待してませんのでお構いなく」
「じゃあ呼ぶなよ!
すげぇ急用みたいな感じで家に呼び出しといて何だよ。
すること無いならもう帰っていい?」
「ダメです、ギャラはもう振り込みましたからイヤでも終わるまでいて下さい」
「えぇ……?仕事なのコレ」
「まぁあなたは他にはなんにもできませんけど、ツッコミだけは本当に高く評価しておりますし、もしかしたらいずれそのたった一つのなけなしの才能を、使うべくして使う瞬間が訪れるかも知れませんから」
「完全にけなしてるよな!?
馬鹿にしてるよなぁ!?
俺先輩なんですけど!?」
「あぁー、いいですねぇ、そういうところです、その調子です。
それだけのために生きてるようなもんなんですからね、あなたは。
これからも末永くよろしくお願いします」
「こいつハラ立つわぁ……」
「褒めてるんですよ、本当に。
っていうかあなたを褒めようとしたらツッコミ以外何も無いんです。
ツッコミ以外はクズ中のクズ、クズキング・オブ・ザ・ワールドなんですよ?
いい加減自覚して下さい。
あなたからツッコミを除いたら、ひとかけらの素粒子も残らないじゃないですか。
さ、それでですね、先週のことなんですが」
「うわ、言うだけ言ってなんか急に始まった」
「車乗ってたんですけどね、都内某所を。
あ、こないだついに免許取りました。
えぇと、それはいいとして、それで、そしたら狭い交差点から急に軽自動車が暴走して飛び出してきて、一瞬ですけど運転してる老人が見えまして、『返納!』って思わず叫んじゃいましたけど、いやー、あれは本当に心臓ドキーン!なりましたねぇ」
「…………」
「…………」
「…………終わり?」
「えぇ、まぁ。
どうです?『ひんやり』の話」
「……えぇと……、敢えて言うのもほんとに心の底から恥ずかしいんだけど……、これ……、『ひんやり』の話じゃなくて、『ひやり』の話だよね?」
「…………違うんですか?」
「違うわ!
『ひんやり』っつったらこう、かき氷食ったりとか、フローリングに寝転がったりとか、部活中にこそこそ金属ポールに顔付けてみたりとか、なんかそういうやつじゃないのか」
「ふーん……意外と普通なんですね……。
それからそれから?」
「それから?
それから……えぇと、なんだ、お化け屋敷とか?
いや、お化け屋敷は『ひやり』の方か。
北極・南極は?
いや、もう『ひんやり』とかいう次元じゃない『極寒』か。
『ひんやり』……『ひんやり』って……そもそも何だ?
この『ん』か、問題は。
『ん』ひとつでなんかもうニュアンス全然違うんだよなぁ!!」
「いやー、なんか小説家みたいな悩み方ですね。
そんなの目指してましたっけ?」
「してねぇ!
ってか、なんだよ、自分から話始めといて他人事みたいに!」
「いやー、まぁそこまで真面目に考えて頂けるなんて思ってなかったもんで。
ならもう、後、お任せしちゃっていいですかねぇ」
「良くねぇ!
これお前の!
お前の起承転結!」
「そんな外見しといてけっこう細かいこと言うタイプなんですねぇ。
いいじゃないですか、ちゃんとギャラも出てるんだし」
「っつーかなんかギャラギャラ言うけど、そもそもいくらなんだよ」
「五百円です」
「吉本の初舞台か!!」
「どうもーありがとうございましたー」
「まだ早ぇ!!
だいたい誰に言ってんだよ、俺らしかいねぇのに」
「いや、まぁ、なんかオチたかなぁと思ったんで、一応いったん言っとくもんかなぁと思いまして」
「全然オチてねぇし!
こんなんで終われるか!」
「うーん、そう言われましても……。
まぁとにかく帰ってもらっていいですか。
いつまでもあなたなんかと遊んでる場合じゃないんですよ。
いくら一人暮らしの学生同士だからって、あんまり人の家に入り浸るのとか良くないですよ」
「お前が呼んだの!!」
「どうもー!ありがとうございましたー!」
「いてっ、いてっ、お前、何押してんだよ!
オチてねぇぞ!?
無理矢理終わった感じにして無理矢理ハケさせようとしてんじゃねぇよ!
っつーかもう気分悪いし、言われんでも帰るわ!
二度と来るか!!」
「次回のギャラはニ十万円です」
「一生着いて行きます」
「どうもー!ありがとうございましたー!!」
「ハーイ、カメラ止めまーす」
「おっつー。
ウチで編集するから宅ファイル便しといて」
「あの……僕あんまりよく知らないんですけど、YouTuberって、こういうのなんですか?」
「さぁ、俺もよく知らねぇよ。
とりあえず面白きゃウケんじゃねぇの?」
「面白いとかもよくわからないんですけど……。
僕ずっと勉強しかして来なかったんで、あんまりそういうの……」
「気にすんな!
逆にそういうの知らねぇヤツの方が天然で面白かったりすんだよ!
UPしたら連絡すっから、じゃあな!」
「はい、お疲れさまでした……」
「これで俺らもYouTuber、上手く行ったら大金持ちだぜ!」
「はぁ……。
っと……もう、ドアは静かに閉めて欲しいな、周りお上品な人たちばっかりのマンションなんだから……。
苦情とか、もういい加減イヤだし……。
そもそもウチの実家、ビルとかも何個か持ってるお金持ちの部類だし、こんなわけわかんないことより普通にちゃんとしたお医者さんになって、青年海外協力隊とか国境なき医師団とかで、困ってる人を助けたりしたいなぁ……。
早く卒業しないかなぁ、あの人……。
ただでさえ六年ある医学部に十年もいるって、どんだけ社会に出るのイヤなんだよもう……。
……あぁ……カルピス美味し……。
顔にグラス付けるとひんやりして最高……。
暑苦しい人の相手した後はことさらに、だなぁ……」
終
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