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1、ホラーより怖い状況
夏休みがやってきた。だが、いつもの夏より暑く感じる。青く澄んでる空はきれいで、そこに浮かんでいる雲も太陽に照らされてキレイに輝いている。夏らしい蝉の声。外一面、夏色に染まっている。
だが、35度を超える真夏の世界に出る必要なんてない。わざわざ汗をかいて、どこかへ行こうなんて思わないし、家でクーラーが効いた部屋でごろごろしてる方が何倍もいい。
だから、家に引きこもり続けると、やることがだんだんとなくなっていく。いや、同じことを毎日繰り返す日々になっていた。けど、外には出たくない! 今日も今日とてスマホを触り続けて、寝る日が――――
来た。
そう思っていた。ぼんやりと目を開け、意識を覚ます。体がいつもより重い気がする。
……そうだ。そういやあ、変な夢を見た。空から落ちる夢だ。朝日が街を照らし始め、どこかに着地する夢。夢にはメッセージが隠されているとネットで読んだことがあるが、どう意味なのかさっぱり分からない。
(スカイダイビングでもしたいくらい、刺激が欲しい的なもんだろう。ま、やらないけど……ってなんだ?)
絶叫が苦手な自分に嗤い、起き上がろうとしたとき異変に気付いた。確かに起きる前から変だとは思っていた。夢のせいだと思っていたけど、物理的な意味で体が重くなっていた。
そりゃあ、そうだ。一人の女が自分の上で寝ているのだから。
「……――――えっ?」
理解しようにも、知らない人と寝ていること。状況を把握したくないと拒む理性のせいで頭が回らない。けれど、時間が経てば、自然と理解してしまうもので、
「だ……」
誰? と恐怖する心を抑えながら声を出そうとした時、彼女は起きた。
「ふわぁ……んん…………ん? あっ、おはよ~」
「…………」
止まった。心も理性も本能も、時間も止まってほしいと思った。俺の中に『誰?』で埋め尽くされた。彼女がどうやって家に入ってきたのか。どうしてここにいるのか。どうして、裸なのか。そんな疑問は怖くて思えない。
やっぱり、理解したくないんだろう。ああ、きっとこれは夢だ。ああ、きっとそうだ。こんな、こんな……
言葉が続かない。目が回り、意識も回り、ただ目覚めた本能だけ立つ。
「ん? あれ、なにこれ?」
どことは言わないが、触られ、やばい! そう思って、あとのことを考えずに勢いよく起き上がり、彼女の肩を掴み、ベットに押し倒す。
「あっ、ちょっと」
彼女の声を無視して、荒くなった呼吸をする。やばいやばいやばいやばいやばいやばい――
疑問はどこへやら。本能に気づいた理性が覆いかぶさる。だが、
(しまったぁあ‼)
隠すことに必死になり過ぎて、もっと危ない状況にあることに気づいてしまった。
裸の見知らぬ女の人をベットに押し倒しているこの状況。危ない匂いがプンプンする。いろんな意味で!
ってか、今見られたらヤバ――!
俺の他に、この家には弟がいる。夏休みに入って、不規則になりかけている俺の生活を維持するために、毎朝起こしに来る。
(どうする⁉ 考えろ! 次を考え――)
変な汗が止まらない。クーラーはついてるはずなのに、むしろ暑い。いや、今はどうだっていい! どうすれば、二次被害を回避でき――
「…………なに、やってるの……?」
その声に、寒気と共に鳥肌が立った。顔を上げるとそこには弟が立っていて、目が合った。
「あっ……おはよう、ひかりさん……」
とりあえず、挨拶をする。扉の傍で呆ける弟と視界の端で熱い視線を送り続ける女に挟まれ、つい笑ってしまう。
(よかったな。これで刺激的な夏休みになりそうだ)
ある意味ホラーなこの状況に、期待と不安が入り混じる。
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