エアコン・パニック

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秀雄は自分の部屋に入るなり、げんなりした顔で言った。 「けっ! 全然涼しくねえじゃねえか!」 タイマー「入」をセットしておいたから、帰る頃には部屋は充分に冷えているはずだったのに…… 「このエアコン、壊れてんのか? くそエアコンめ!」 秀雄は八つ当たり気味にエアコンに悪態をついた。普段は乱暴な口など叩かない秀雄であったが、流石にこれだけ暑いと文句の一つも言いたくなるものだ。 「馬鹿にすんな!」 すると、どこかから小さな声が聞こえたような気がした。誰だろう? 秀雄は部屋の中を見回したが、もちろん誰もいない。 気のせいか…… 秀雄はエアコンのリモコンを手に取ると、設定温度を下げることにした。設定は26度だが、24度まで下げてみた。これで少しは涼しくなるだろう。 案の定、しばらくすると部屋の温度が少しずつ下がり始めたようだ。ひんやりとした空気を感じる。 「壊れてなかったんだな。よしよし」 秀雄は生き返った心地がした。もうすっかり快適な温度になっている。 しばらくご機嫌に過ごしていた秀雄だったが、クションと軽くくしゃみをした。ブルッと体を震わせた秀雄は言った。 「ちょっと設定温度を下げ過ぎたかな」 秀雄は再びリモコンを手にすると、設定温度を26度に戻した。 ところが、しばらく待っているとかえって寒くなったような気がした。 慌てて、部屋の中の温度計を確認すると、18度だった。 「これじゃ、冷えるわけだ。おかしいなあ……温度設定壊れてるのかなあ」 そのまましばらく様子をみていたが、やはりどんどん温度が下がっている。もう15度になっている。これは流石に冷え過ぎだ。 温度がうまく設定できないと判断した秀雄は、とりあえずエアコンを切ることにした。暑くなったらまたつければいいさ、と思いながら。 ところが、エアコンを切っても、本体は動きっぱなしで止まる気配がない。冷気が出っ放しだ。 秀雄は仕方なく本体のスイッチを切った。しかし、なぜかエアコンは動き続けている。 「そんな馬鹿な!」 ここに至って、秀雄は異常事態を悟った。部屋の温度は既に10度を下回っている。もう冬のような寒さだ。 それならばと秀雄は部屋の窓を開けようとした。ところが、奇妙なことに窓が開かない。力を入れてもびくともしないので、秀雄は諦めてドアに向かった。 おかしいな、と首をひねりながら、部屋を出ようとした秀雄は、ドアもまた開かないことに気がついた。ドアをガンガンけってみるも、こちらもびくともしない。 「どうなってんだ!」 秀雄は焦り出した。寒い! 部屋の温度は既に5度になっている。もう冷蔵庫の中にいるみたいだ。 本気でヤバイと感じた秀雄は、だんだん恐ろしくなってきた。このまま温度が下がり続けたら一体どうなる! そうだ! 秀雄はこうなればエアコンをぶっ壊すしか手がない! という結論に達した。 椅子を持ち上げると、エアコンに向かって強く打ち付けた。 ガチャーン!! 大きな音を立ててエアコンは粉々になる……はずだった。実際には大きな音はしたものの、エアコンは無傷。 なんでこんな時だけ、やたら丈夫なんだよ! 秀雄は涙目になった。部屋の温度を確認すると1度だった。このままマイナスになってしまうのだろうか…… 秀雄は別の部屋に服を置いていたので、この部屋には厚く着込むような服もない。たまたま押入れにあった古新聞を重ね着してみたが、心持ち寒さが和らぐ程度でほとんど役に立たなかった。 そして、ついに0度を下回った。 大丈夫だ。冬なら氷点下なんて全然珍しくもなんともないではないか。秀雄は無理矢理自分に言い聞かせた。 しかし、一瞬だけ冷凍室に入るならともかく、この温度で何分も薄着でいるのは自殺行為だ。寒さをしのぐにはそれなりの装備が要る。 マイナス5度。エアコンにそこまで冷やす機能はないはずなんだが……。少しずつ意識が遠のきそうになる。 そしてついにマイナス10度を超え、マイナス15度に達した。秀雄は寒さに震えることすらかなわなくなり、顔を動かすのさえ億劫になっていた。 このまま死んじゃうのかなあ…… 秀雄は絶望した。そして恨みがましい目でリモコンを睨む。すべてこいつのせいだ! 意識が朦朧とする中で、ふと秀雄の目に運転切替ボタンが目に入った。何かに導かれるように秀雄は無意識に運転切替ボタンを押した。冷房設定が暖房設定に変わった。 どうせ壊れてるんなら関係ないよな…… 秀雄は何も期待していなかった。ところが、奇跡が起こった。冷たい風が、暖かい風に変わったのだ。 おおっ! 神よ! 神が奇跡を起こしてくれたのだ。秀雄は心の中で神に感謝した。 これで死なずに済む…… 秀雄はそう思いながら、寒さのために気を失った。 ◇◇ 密室で若い男の死体を発見したという通報を受けて、刑事たちは現場を訪れた。 「主任、奴さんの遺体には不審な点はないようですよ」 「そうか。やはりただの熱中症だな」 「たまにありますよね。冷房設定したつもりで、暖房設定になってたってこと」 「そうだな。運が悪かったとしか言いようがないな。それにしても、気づかないで寝続けてたのかな? まだ若いのに」 「そこは不思議ですよね。暑かったらエアコン切るなり、冷房に替えたらいいのに」
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