或る「母と娘」の物語

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或る「母と娘」の物語

     私が物心ついた時には、父はもういませんでした。母から聞いた話によると、父と母は生き方が違いすぎたそうです。父は自然と共に生きる道を選んだのです。  母はいつもある男の部屋に、行っていたようです。その部屋でお腹を膨らませているようでした。顔を赤らめながら、幼い私に言っていました。 「あの男は良いカモよ……いつも裸で寝ているし、一度寝たら全然起きないのよ」  子どもの頃は、母のその話を信じていました。  しかし、私もすくすくと、血色良く成長して、母と同じような体になったある晩、私は母にその男の部屋に連れて行かれました。室内の空気は、(うち)と違い、ひんやりしています。  そして、母は娘の私に心配をかけまいと、嘘をついていたのを知ったのです。  男の部屋で母は、何度も私の目の前で、手でぶたれそうになっていました。男は母をうっとうしいと思っていると、私にも分かりました。  こんな思いをしていたなんて。私の視界が滲んでしまいます。母も負けまいと血相を変え、必死に男の体に噛みついていました。  母は私にその光景を見せた後、頬を真っ赤にし叫びました。 「さあアナタも私の真似をして!」  私達、親子が生きるためには、仕方がないことなのです。  私は怯え、顔から血の気がさっと引きます。その男の体に勇気を出して噛み付きました。何と言うことでしょう!  男は私にも気がつき、手で殴って来たのです! あと一瞬、私がよけるのが遅ければ、死んでいたかもしれません。血管が浮かび上がり、男の全身に力が入っているのが分かりました。  男の拳は私を外れ、自分自身を殴っていました。痛そうに顔を歪め、怒りのあまり血相を変え、私達親子を怒鳴り続けています。  アイツは裸のまま立ち上がります。コンセントなるモノに何かを、挿し始めたその時、母が私に向かって叫びました! 「すぐに遠くへ逃げて! 男から離れるの!」  私は急いで部屋の窓から外へ逃げました。  夜気に触れれば、ひんやり感はありません。じめっとして、空気が羽根にまとわりつくようです。    母はいつまで経っても出てきません。しばらくして窓から、ひんやりした部屋に戻ります。母は床に倒れ、息を引き取っていました。私はブンブン泣き叫びました。  コンセントから、奇妙なモノは抜かれています。  私が男を睨みます――何と言うことでしょう! 母の仇のアイツは、ベッドの上で、いびきをしながら平然と寝ているのです。  私は絶対に、この男を許すことが出来ませんでした! 怒りに身を任せて寝ているアイツの体中を、何度も何度も刺しました。  思いっきり、血を吸ってやります。  アイツは私を思いっきり、ぶん殴ってきました。頭に血が上っていた私は、それをよけ切れず、母と同じ運命をたどりました。  しかし、私は自分の一生を決して後悔などしていません。大好きな血で満腹のまま死ねるなんて。ピシャっと窓を閉める音がしました。 『蚊』としては、最高の最期です! 私は喜んでひんやりした部屋から、天国へ飛び立ちました。(完)
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