誕生日おめでとう

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誕生日おめでとう

間違いない。人の手だった。手首より上。 胃から何かがこみ上げてきた。俺は、さらに気づいてしまった。その手は右手で、薬指に俺と同じく指輪をはめていたことに。 「うわああああああああ!!!」 箱を遠くへ投げ飛ばし、恐怖で足の力が抜け、その場に崩れるようにして座りこむ。恐怖なのか悲しみなのか悔しさなのか。よく分からない涙が滾ってくる。頭が真っ白になってなにも考えられなくなった。 その時、メールの受信音が響く。 携帯を開くと、そこには美玲の名前があった。『今から葵の家に行く!!何があったのかは大体分かってる!!待ってて!!』 美玲が生きていた…。今は、もう美玲に縋るしかない。冷房を消し、電気を消し、美玲に『今どこに居るんだ?俺も向かう!教えてくれ!』と送り返す。 一刻も早くあの手から離れたかった。 夢なら早く覚めてくれ。 メールの受信音がし、すぐさま携帯を開く。 『ダメ!!動かないで!!危険だから絶対に家から出ないで!!』 本当は、この場所に留まりたくなかった。しかし、変に逆らうべきではないと思い、震える身体を抱きしめ、座り込んだ。 早く来てくれ。美玲。 しかし、その時、美咲の言葉が蘇る。 『美玲さんに閉じ込められてたの。』 もし。もしもこれが真実だとしたら? 俺が信じてあげられなかったばかりに美咲はあんな悲惨なことになったのでは? 心臓がうるさかった。 扉が開く音がした。 美玲が来たんだ。俺は何も考えず、立ち上がり、扉に向かおうとする。だが、そこで気づいた。俺は扉の鍵を開けていない。 美玲に合鍵なんて渡してない。 じゃあ、いま部屋に入ってきたのは誰なんだ? 体の震えが止まらない。 後ろからなにかが近づくのを感じた。振り返ることがてきず、恐怖で固まる。 「葵くん。来たよ。」 その声は、美玲でも、知らないどこかのストーカーでもなくて、確かに 津山美咲のものだった。 「なんで…お前が…?…だって…あれはお前の手じゃ…?それに美玲が…。」 言葉を絞り出すのに必死だった。彼女は可笑しそうに笑うと、俺の目を見て言った。 「指輪は私のだけどさ。手首は私のなんて言ってないよ?…ねぇ。覚えてる?平山美咲。…忘れるわけないよね?だって…貴方と美玲さんがいじめてた子だもんね?実はあれ私なんだよね。」 その言葉を聞いて、目の前が真っ白になるのを感じた。 平山美咲。中学生の頃、俺と幼馴染みだった美玲が、平山美咲にいじめられたと言って俺に泣きながら縋ってきた。俺は、それが許せずに平山美咲に仕返しをした。 「あれは平山美咲が美玲をいじめたから!!…一体何言ってるんだよ!?そもそも顔も苗字も全然違うじゃないか!!」 俺の必死の叫びを嘲笑うようにして答える。 「養子になって苗字変わったの。顔は、整形したからね。いろんな手段でお金手に入れて。あなたの復讐のために。…ねえ。知らないの?あれ全部美玲さんの嘘だよ?美玲さん貴方のこと好きだったからさ、葵くんと仲良い私が気に入らなかったんだって。…あなたに至ってはまるで正義だとでも言いたげだけどさ。ただの逆恨みじゃない。私が貴方を振ったから。」 暗い顔をして淡々と語る美咲の顔にはもう俺の彼女であった津山美咲の姿はなかった。 嫌な記憶が蘇る。あんなにも好きだったのに。振り向いてくれなかった。それが悔しかったから。理由をつけて俺は、あいつの事を。 「葵くんの事さ、ストーカーしたり、変な手紙送ったりしたのも美玲さんだよ?凄いよね。自分であんなことして、相談に乗ってたなんてさー。」 相変わらず小馬鹿にした笑みで俺の事を見下ろす。 「…また私の事信じてくれなかったね。…もしも私のことを信じてくれて、美玲を怒鳴りあげてくれたら。私あなたのことは許してしまったかもしれない。本当に死ぬかと思ったんだよ。私。もう少ししてたらその手、本当に私だったかもね。本当に間一髪だったよ。」 何も言わずとも、その手首の正体が誰なのかわかっていた。 「…付き合ってた三年ずっと私に嫌がらせしてきてたよ。本当に振り向いてもらえなくて必死なのが滑稽で笑えた。美玲さんへの復讐には、ちょうど良かった。」 目の前にいるのは一体誰なんだ?こいつは一体なんなんだ。 「俺は関係ないじゃないか!!なんでこんなこと!!」 「結局、あなたはなんにも変わってないのね。…忘れたなんて言わせないから。女手一つで私を育ててくれたお母さんを焼き殺したのは…誰?」 狼のような目付きが、俺を逃さないと噛みついて離れなかった。 最初は、ちょっとしたお巫山戯だったんだ。平山美咲をいじめたことは。でも、悔しさはいつの間にか憎悪に変わった。気づけば、マッチをあいつの家に投げていた。 思わなかったんだ。あんなことになるなんて。少しむしゃくしゃしてやっただけだったのに。 冗談だったのに。 「警察はさ、あなただって分からなかったけど、私、貴方と美玲さんの会話聞いてたの。 その日から私は貴方と美玲さんに復讐することしか考えてなかった。でも、あなたと過ごす中で、あなたに情が湧いてしまったの。だから、許そうかと思った。けど、結局、あなたはクズのままだったね。」 彼女は鞄からナイフを取り出し、俺に向けた。俺は、この先の未来を考えずとも、理解してしまった。 「ねぇ。私が最初にプレゼントしたあの紙袋…なんだったと思う?」 「え?」 本当に中身を見ずに捨ててしまった。だが、かなり重さはあった。一体あれはなんだったんだ? 「ねぇ…あなたのお母さんの手は思ったより軽かったのね…?…ふふっ。そんなに美玲さんのことが好きだったんでしょ?大好きな彼女の言うこと信じられないくらいに。…なら今から会わせてあげる。」 ナイフの先が怪しく光った。 「誕生日おめでとう。葵くん。」 彼女の悪魔のような冷たい笑みと冷たくなった二つの手は、この室内の温い空気なんて感じさせなかった。
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