tear drop

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午後三時はおやつの時間。僕と幼馴染の麗果は、高校生になった今でもその時間をきっちり守り続けている。午後三時になったら、学校にいても休みの日でも必ず二人待ち合わせて、おやつを食べるのだ。……ああ、この言い方は正しくない。おやつを食べるのは僕だけ。麗果は何も食べない。僕が食べるのが彼女の涙だからだ。彼女の涙は冷たい。本当に冷たいのだ。そして雪の結晶のような形をしている。 「今日何か嫌なことあった?」 「何で?」 「今日の涙、美味しくない」 「じゃあ食べなきゃいいじゃん」  僕は彼女の涙でしか栄養を得ることが出来ない。涙の味は一つ一つ変わる。今日はニガウリのような味がした。 「食べなきゃ俺が死ぬ」 「なら文句言わないで食べて」 「ごめんごめん」  雪のように白い肌を滑り落ちるこんぺいとう程の大きさの雪の結晶。次は何味なんだろうか。あごに手を添えてキャッチし、そのまま口に放り込む。あ、レモンシャーベット。中々好みの味だ。彼女の感情に左右されるその味によって、何となく今の気分も分かってしまう。僕みたいな奴にそんなことを分かられてしまうのは、きっと彼女にとって気持ちの良いものじゃないだろう。 「今のは何味?」 「レモンシャーベットだったよ」 「ふーん」  誰かに見られては良くない光景なんだろうな、というのは二人とも何となく察している。だから今日のような休みの日は僕の部屋に麗果を招いて涙を食べるようにしているのだけれど、それさえも申し訳なくてため息をつきたくなる。彼女の涙でしか栄養を得られない僕なんかのせいで、彼女は自由を奪われているのだ。学校でも、校舎の中で人目につかないところを探して待ち合わせるせいで、僕と麗果は周囲から恋人同士だと思われているらしい。こんな僕と恋人だなんて、申し訳ない。 涙を食べる時、彼女は絶対に僕と目を合わせない。顔はずっとそむけたまま。あごに添える手を振り払われないだけきっとましだと思う。 「ねえ、さっきより美味しくなった?」 「美味しいよ」  爽やかなレモンの香りが鼻に抜けて、酸っぱすぎず甘すぎない味は何とも僕好みだったけれど、事細かに言ってしまうと何だか気持ち悪いような気がしてそれっきり黙る。それでも彼女の気分は高揚したようで、次に零れ落ちた涙は白桃の味がした。甘くなればなるほど、彼女の気分は良くなっている証なので、とりあえず今日は気分を損ねなかったようだ。 「白桃だ」 「白桃、好きだよね?」 「好きだよ」  そう端的に言うと、彼女の瞳からまた涙が零れ落ちた。外はまだまだ明るい。レースカーテンから柔らかな陽光が射して、涙の結晶に光を注ぐ。綺麗だ。そんな綺麗な彼女の涙を食べるという罪悪感と、そんな綺麗な彼女の涙を味わえるのが僕だけだと言う奇妙な高揚が胸の中でせめぎ合う。けれど口に放り込む麗果のひんやりとした涙の結晶はこちらの温度も下げてくれた。彼女にとっての特別なんじゃないかと、そう自惚れそうになる僕の心を冷やすように。 ……僕はいつまで彼女を頼って生きていけるんだろうか。彼女からしか栄養を補えないこの体質を大義名分として。午後三時、外の穏やかな陽が差し込むこの部屋で、僕は背徳に揺れている。
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