1

1/1
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ

1

「私、もう生きてる意味ないし、死のうと思うんだ」 言葉とは裏腹に、やけに明るく透き通った冴木の声のせいで、事の重大さを見失っていた。 「でもさ、自殺は嫌なんだよー。なんかダサいじゃん?」 彼女は、ダサいという言葉の意味をちゃんと理解しているのだろうか。それとも自殺の意味を履き違えているのか。 「ダサいとかおしゃれとかの問題じゃねーと思うぞ」一応話を合わせる。 「御堂くんはわかってないなー。ダサいんだよ。自決だとカッコいいけど」 彼女は胸ほどの高さにある手摺りに手を掛けた。 「言い方の問題なのかよ」 まるで何かを愛でるように、撫でたその仕草に、ドキッとしてしまう。 恋のそれなどではなくて、今にも手摺りを乗り越えてこの屋上から飛び降りてしまうのではないか、と。 「そうだよ。でもさ私が仮に、今、ここで、自決したとしたら」 一言ずつ切る彼女の話し方はなんだか馬鹿にされているような気がしてならない。 「都内の高校に通う女子生徒、自殺か。って見出しになっちゃうでしょ?」 彼女が自殺したくらいでニュースになるのかどうかは甚だ疑問だったが、話が進まないので流した。 「そのとき、自殺じゃないです。あいつは自決したんです。ってマスコミにちゃんと言ってくれる?」 「やだよ。その違いはなんでしょう? って聞かれた時の答えに困るだろ」 「そこはほら、ニュアンスって便利な言葉があるじゃん」 「そもそも自決って、何かの責任を取って死ぬんだぞ。お前なんの責任で死ぬんだよ」 彼女は意味を理解していなかったようで、手摺りを撫でるのを止めて考え始めた。 「うまく生きられなかった責任かな」 こちらより一段高い場所にいるせいで、見下ろしながら言った彼女の言葉には、何故か説得力があった。 彼女が再び手摺りを撫でる。まるで心の拠り所が手摺りにしかないみたいに。 「なんだよそれ。 答えになってないだろ」 「いいんだよ。 ニュアンスだよニュアンス」 最近覚えたのだろうか。彼女はニュアンスという言葉をニュアンスで使うことを気に入っているようだ。 「そもそも俺とお前、それほど仲良くないだろ」 彼女とは、ちゃんと話すのさえ初めてに等しい。ただのクラスメイトの一人だ。 他のクラスメイトが彼女の容姿を持て囃してもどうでもよかった。 「だからなに?」 「お前の死後の責任を俺が持つ筋合いがないんだよ」 「なにそれひどーい。死んだ人には優しくするもんだよ。知らないの?」 「まだ死んでねーだろ」 「これから死ぬんだよ」 彼女の顔が一瞬、真剣な表情に変わったことで少しの恐怖心を抱いた。 「でも……お前さっき自殺はダサいって」 「そうなんだよ。だから考えてるんだ。どんな死に方ならダサくないかな」 「溺死とか?」 「あーはは。自殺の次にダサいでしょ」 彼女が大袈裟に笑う。 「そんなことはねーよ。そもそもダサいってなんなんだよ」 「それに苦しいのはちょっと」 「わがままだな。じゃあ焼死は?」 「それはだめ! 人に迷惑かかっちゃうから」 「その辺のモラルはあるんだ」 「当たり前でしょ。何バカなこと言ってんのよ」 バカな事をずっと言ってるのはどっちだよ、と言いたかったが、彼女が冗談にする気はなさそうだったので言わなかった。 「じゃあ……車に轢かれそうな犬を助けて死ぬとかは?」 そんなドラマや漫画みたいなこと、偶然起きるわけないし、彼女もこんな提案に乗るわけないと思いつつ案を出した。 だが、彼女の目は意外にも輝きだした。 「それいいじゃん。それだよ。最後に良いことできるし」 「いや、ちょっと待って。 ベタ過ぎるだろ。こんなんでいいのかよ」 一応、彼女の自殺を止めるつもりで話を引き延ばしていたのに。自分が彼女の死に方を決めてしまうなんて。 「ベタだけど、あるあるではないからいいんだよ。早速いこうか」 そう言って、彼女はこちら側に飛び降りた。 なんとか、ここで死なせずには済んだようだ。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!