第6章 彼のほんとを知りたい

3/9
前へ
/17ページ
次へ
理路整然と論破されて思わず黙り込む。…まあ、確かに。それはそうかも。 学生の頃からのセックスのパートナーと彼の部屋で泊まり込んでやってます、とか。別にそれでも星野くんはわたしを見る目が変わったり、嫉妬したりとかはしないだろうけど。そんなこと、いちいち口に出すような筋合いでもないのも確かだ。 だけど一方で、仮定の話として。不慮の事故、例えば火事とか地震とかで最中にここで犠牲が発生するような羽目になったら。一室から不自然な男女構成の複数の遺体が発見されたりして。…星野くんがそれをどう解釈するかと思うと。そんな成り行きはやっぱり、嫌だなぁ…。 わたしは川田の身体にぴったりとしがみついたまま、奴の肩に顎を乗せてこっちの顔が見られないのをいいことに眉根を寄せて真剣に考え込んだ。…改めていろいろと自分の身に引き寄せて考えてみると。結婚したからって何もかも開けっぴろげに知らせ合うのが正解とも思えない。だけど、これから生活をずっと共にしていくんだってことになると。 最後まで全部を隠し通して墓場までお互い持ってけるかどうかは実際のところ怪しい気がする。だとしたら、いつかどっちかが相手のことを変なタイミングで変な形で知ることになる可能性は否定しきれない。 そう思うと。…思わず知らず川田の肩に当てた喉から低い微かな唸り声が漏れた。 一体どうするのがほんとに正しいのかは。ちょっと考えたくらいじゃ、簡単に答えは出せそうもないかも…。 「まあ。俺から見たら、そんなに気にするほどのことでもないんじゃない?としか。誰と何してるか、口にしないのはそれだけの理由があるのかもしれないし」 奴は顔をしかめて思い悩むわたしの表情を知ってか知らずか、呑気な口調で面白がるように続けながらわたしをきゅっと甘く抱きしめた。 「例えばお前、旦那が決まった恋人と会ってるって何となく決めつけてるみたいだけど。何もそうとは限らないんじゃないか?もしかしたら休みのたびに夜な夜なナンパであと腐れのない相手を見つけてやりまくってるのかもだし。それとも未成年をその辺で拾って買うのがやめられないとか。…あるいは変態系のハプバーで乱交に嵌ってる可能性だって。他人に言えないような行状、いくらでも考えられるよ」 耳の辺りに唇や舌を這わされて、背中と脇を撫でられながらわたしは猛然と噛みついた。 「あの人はそんなひとじゃないもん、絶対。女の人を使い捨てみたいにその場限りでなんて…。ましてや子ども相手とか。絶対考えらんない。性欲過剰な様子も全然ないから。変態とか乱交とか、なんか、想像できないよ。彼はそんなんじゃない」 「そうか?でも、我が身を振り返ってみなよ。お前は『そんな奴』だけど。それだけで自分の人格を全部判断されたら。なんか違う、って言いたくなるんじゃない?」 …わたしはやり込められて一瞬黙り込んだ。 そうか。思えばわたし自身が『そんなん』だった。確かに川田以外の男は個別認識もしてないし。使い捨てって言っちゃえばそれはそうだ。でも、それはお互いさまだし。 みんなそれぞれ合意の上で割り切った関係を持ってるだけで。誰にも迷惑かけてないと思うけど。…同じことを星野くんがしてたと考えたら。なんか、彼らしくないってもやもやしちゃうのは何故なんだろ。自分のことは完全に棚に上げて。 川田はわたしに膝の上で腰を動かすよう促しながら、それと似つかわしくない穏やかな口調で諭した。 「変態的なあと腐れのない複数プレイが好きだからって。お前がどういう奴かそれだけで測られるのはやっぱり違うと思うし。それはただ単に身体がそういう性癖ってだけだよ。だから、茜のレスの旦那が特殊な状況じゃなきゃ発情しない特異体質だったとしても。それはそれで仕方ないし、そんなとこまでお前が首突っ込むことでもないだろ。本人が隠したいならそのままにしておけば?」 「…むぅ」 つい促されるまま奴の太腿に跨って無意識に腰を動かし、そこから微かな歓びを得ながらわたしは唸った。…確かに。 星野くんが触れられたくない、と思ってるってことなら。そこにあえて無遠慮に手を突っ込むような真似は。してはいけない、ってのもわかってるんだけど…。 奴はわたしが再び欲情を刺激されつつあるのを歓迎するようにますます膝を揺すって、弾む胸の膨らみに自分の胸をこすりつけながら混ぜっ返す口調でさっさと話を片付けようとした。 「…でも、何だかんだ言っても。現実にはシンプルに、そいつに好きでたまらない特別な相手がいるってのが案外普通の正解なのかもな。なんか訳あって表沙汰にできない、一緒になれない相手だからカモフラージュのために適当な別の女と結婚した、ってのが実際のとこじゃないか?それでお前の存在を隠れ蓑にして。週末やら夏休みやら、時間ができたときにはいそいそとその相手のとこに足繁く通ってるって考えた方が。やっぱりより自然に思えるよな」 自分から滲み出したもので奴の太腿とわたしの擦り合う場所がぬる、と滑る。それを感じて僅かに喘ぎながら、わたしはき、と眦を決して川田のその台詞を食い気味に遮った。…確かに。そうかもしれない、けど。 なんか、その可能性が一番いや、かも。…なんて。思うのどう考えてもおかしいって、自分でもわかってるのに…。 「そうだとしたら。ますます、わたしに隠す必要なんかないじゃん。むしろ最初から紹介してくれたって。…だって、わたしと星野くんはそんなんじゃないんだから。家族として、彼の恋人のことはちゃんと把握しておくべきだって。…そう思わない?」 奴はわたしの微かな発情を察してか耳朶を吸い、胸を弄り始めながら当惑した声で呟いた。 「そんな風には。別に思わないけど…。お互い自由ってことは、言わない自由だってあるってことだろ。少なくとも俺の方は…。茜の旦那と顔つき合わせてわざわざ紹介してもらいたいとかは。正直、全然ないかも…」
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加