第6章 彼のほんとを知りたい

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「何言ってんだ、全然そんなことないよ。ただ茜は俺にそういうの、求めてないと思ってたからさ…。でも、これだけ付き合い長いと。お互い何でも知ってるし、気を遣わないで済むから気楽だろ?そう考えたら。意外に俺たち、そういう普通の過ごし方でも上手くいくかもしれないよ?」 わたしは奴が締めつける腕の中で黙って冷静にその言い分を考慮してみた。…まあ、一理ある。気はする。 今さらこいつに隠し立てしなきゃならない事実もほとんどないし。特別悩みを分かち合ったりしみじみ深いところまで話し込んだこともないけど、とにかく長い時間一緒にいても意外に気疲れしないのは確かだ。 改めて考えてみるとそういう人物が他には思い当たらない。わたしはバスタオルに包まれたまま無表情に肩をすぼめた。 こいつと付き合いが始まった頃は。完全にただの身体の表面だけの結びつきだと思ってたし(それは今もか)、こんなに長く関係が続いた結果他の誰より気安い間柄になるとは。正直予想もしてなかった。 家族や夫や普通の女友達には知られたくないようなことも全部知られてて、それでもわたしのことを軽くみたり侮ったりする態度も見せないし。これ以上心身に何か酷いことをされるかも、って可能性もあまりない(もう既に結構なことをされている)。気を許しちゃいけないって要素がほぼゼロだ。 そう考えたら。案外プライベートの知り合いとしては掘り出し物の存在なのかもしれない。これまでそういう風に考えたことがなかっただけで。 「…まあ。たまにはいいかも、そういうのも。変化があって。…それに、一人で休日を潰すよりは。だいぶ、気が紛れる。…かな」 ぼそぼそと俯いたままそう呟いた途端。被されたバスタオルごと頭上からぐっ、と押さえ込まれて息が止まりそうになる。なんなのもう。 「やった、OKでた。そしたら今年の夏はそれでいこう。だいじょぶ、お前に寂しい思いなんか俺はさせないからさ。ちゃんと楽しませて、後悔なんかさせないよ。…あ、でも」 腕を緩めてタオルをはだけさせ、わたしの顔を仰向けさせて唇を押し付けてくる。 「…乱交とか変態行為はともかく。一緒に旅行すんなら、同じ部屋に当然泊まるだろ?まさかそこで二人で普通にするのもなしとかはないよね?せっかくの休みに俺とセックスなんか。…疲れちゃう?消耗したくない?」 「いやまさか。別に今更…、あんたと二人きりで泊まるのに、全然するのも嫌だとかは。そこは問題ないよ」 少し剃り残しがあるのかざりざりする頬をすり寄せられて閉口しつつそう答えた。いつも親切で感じは悪くない態度の奴だけど。こんな風に甘えてくるのは最近ちょっと目立つ傾向にある気がする。まあ、会ってる間だけのことなら。特に困るってほどのことでもないか。思い立ってふと付け加えた。 「えっと、多少くらいなら。…ちょっとは変なことしてもこっちは構わないけど。普通に縛るとか言葉で責めるとか、焦らすくらいなら…。あ、さすがにサプライズで誰かを呼びつけて参加させるとかはやめてよ。複数プレイしたいならそれは絶対に事前に了解取って」 奴はますますぎゅうぎゅうとわたしを締めつけ、珍しく浮かれた声で請け合った。 「何言ってんだ、そんなこと絶対するわけないじゃん。今まで俺がお前に許可なく何か無理強いしたことなんか一回もないだろ。…それにせっかく最初から最後まで二人きりでいい、って茜が言ってる貴重な機会なのに。わざわざ関係ない他人を混ぜるなんて。俺の方からあえてそんなこと、しなきゃいけない理由なんかあるか?」 それでまあ、結局お互い予定を合わせてこうして出かけることにはなったのだが。真剣に集中して星野くんの背中を見失うまい、と慎重に脚を運ぶわたしの背後で、奴の不満げな呟きが未練がましくぶちぶちと聴こえてくる。 「せっかくだから。レンタカーでも借りて運転して行こうか?って言っても何やかんや言って首を縦に振ろうとしなかったのは。結局こういうことだったんだ。…だけど途中で誰かと待ち合わせて車にでも乗られたら、そのあとはどうやって尾けるんだよ?まさかタクシー!とか言って手を挙げて停めて、そのまま後を追わせるつもりじゃないだろうな。行き先によっちゃ、何十万円もかかるかもわかんないぞ」 わたしは振り向かず肩をすくめて答えた。 「そうなったらそうなったで。諦めてこっちはこっちで電車で軽井沢に向かうよ。向こうの目的地も一応そのはずだから。事前に彼に訊いた返事を信用するならね」 そう、わたしだって目算もなく行き当たりばったりでこういう行動を取ったわけじゃない。ちゃんと星野くんには正面から当たって確認を済ませてはある。 思えば今まで行き先を尋ねるのは踏み込み過ぎだ、って頭から思い込んで決めつけてた。だけど、改めて考えてみればわたしは彼の一番身近な身内なんだし。いざという時のために、居場所をきちんと報告しておいてほしいって要望するのはそんなにおかしなことのはずない。 そう自分に言い聞かせて、ある日の夕食の席で思いきって彼に切り出してみた。 「…あの。夏休みの間のことなんだけど。星野くんが三日間、留守にするのは全然。問題ないんだけど…。一応、身内として。その間の連絡先とか。いざという時のために大体の居場所とか。…ざっくりとでもいいから。教えといてもらえたら、と思うんだけど。…出過ぎたことかな」 口にしてる途中で我ながら説得力ないかな、と怯んだ。
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