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三日間居場所不明で連絡がつかないと困る、って言ったって。思えばちゃんと携帯番号もLINEも登録済みなわけだし。
海外に行ってるとしたら電話が繋がらないとかいう可能性もなくはないけど(LINEは問題なく繋がるはず)。たったの三日くらい、彼がどこにいるかわからないことで不都合が生じるとは正直思えない。
やっぱり、結婚したからといって急にこんなこと我が物顔で言い出して。とか内心で思われないかな。とちょっと背筋が冷やっとした。
だけどそこはやっぱり星野くんだ。わたしの唐突な申し出を悪い風には受け取らなかったらしい。むしろ済まなさそうに慌てて頷いた。
「ああ、そうだよね。考えてみれば…。ごめんね、そこまで気が回らなくて。別に秘密にするつもりはなかったんだ。ただこっちの仕事のことでもあるし。種村さんはそんなの関心ないだろうな、って勝手に解釈してて。…でも、確かに。留守中に何かあったら、うちの夫はどこにいるかわかりませんとか君に言わせるのは…。配慮が足りなくて。申し訳ない」
「…仕事?なの、整体院せっかく閉めて。…貴重なお休みなのに」
思ってもみない単語が出てきてどう反応していいかわからず、ぼんやりと鸚鵡返しに尋ねた。
彼は何でもないことみたいにすんなりと返してきた。
「正確には完全に仕事、とは言い切れないけどね。実は身体の自由が効かなくて、訪問でいつも施術させてもらってるお客さんがいるんだ。その方がご家族と夏の間、避暑地で療養されてるんで…。僕が休暇が取れるならそっちで休養がてら、身体の様子を診にきてくれないかって招待されてて。ここ数年、そういう習慣になってるんだよ。夏の休みにはね」
「はあ…、そうなの」
どう飲み込んでいいかわからない。安心すべきなのかどうなのか。まあ、決まった恋人がいるからその人と旅行なんだ。と言われたらどうだってこともないんだけど。どのみちそうなんだ、と相槌を打つより他ない気もするし。
納得しかけてふと思い立って訊く。
「あの、普段から週末よく出かけるけど。もしかしたらその同じ顧客の方のところに行ってるってこともあるの?平日営業中には。なかなかお客さんのお宅を訪問するってわけにはいかないだろうし」
彼は一人で整体院を切り盛りしてるから。平日だとあそこを閉めて出かけなきゃいけなくなっちゃう。誰かに留守番してもらうってわけにもいかない。代わりの整体師もいないから。
彼の瞳がちょっと揺らいだみたいに感じたのはわたしの方の意識が穿ちすぎなのかもしれない。
「…週末?うん、そうだね。平日だとまとまった時間なかなか取れないし。整体院を半日とか一日中、閉めっ放しにして僕が外すわけにもいかないからね…。そういうこともよくある。かな」
そうなの?
プライベートな時間を費やしてわざわざ、そこまで。それに、最近泊まりが多いけど。…お身体の不自由なお客さんに施術して。そのままその人の家に泊まって帰ってくる、ってこと?わざわざ。
思わず口が勝手に動いて尋ねていた。もしかしたらちょっと、不審げな声色になってたかも。
「…その方のお家は。結構遠いの?ここから」
彼の目の中の微妙な色の変化は上手く読み取れない。
「そうだね。うちよりだいぶ、郊外の方だよ。ここから往復するとなるとそれなりにかかっちゃうな。…だからやっぱりね。土日を使わないと。訪問施術もゆっくり時間取れないから」
「…ふぅん」
釈然とした、とは言い切れないまでもそれ以上追及するべき要素もない。わたしはとりあえず曖昧な声で頷いて黙った。
「…えーと、つまり。あいつはこれから軽井沢にあるその顧客の別荘に向かう、って話なんだろ?それのどこが。わざわざこんな風に、こそこそあと尾けなきゃいけないほどのことなん?」
川田の方に目を向けずに抑えた声でざっとそこまでの成り行きを説明すると、奴は納得しかねる、といった様子ですぐさま問い返してきた。
わたしは駅の構内に入っていく星野くんから目線を切らないよう注意しつつ、手短に答える。
「だって。毎週末のように訪問して、その上夏休み避暑地で一緒に過ごすなんて。もし本当にマッサージしてたとしても、それが全面的に整体師と顧客って関係だけとは言い切れないでしょ。もしかしたら、っていうかかなりの高確率で。その人が彼の恋人って考えた方が。合理的な説明になるってもんじゃない?」
「何だよ、その相手の名前とか聞いてないの?それが男か女かも知らないでこうしてるってことかよ」
呆れたような川田の声。いちいち取り合ってらんない、と思いつつぶっきらぼうに返事した。
「名前は教えてくれなかった。こっちから訊くのもどうかと思ったから…。でも、差し支えない相手なら。普通に向こうから教えてくれたってよさそうなもんじゃない?」
「そうかなぁ。そんなことまで関心ないだろうと思ったからってだけじゃないか?それに、身体の自由が効かないってことは相当のお年寄りか」
「…どこかに障害を抱えてる人。そういう人が恋人になり得ないってことは。別に、全然ないでしょう?」
むしろそれは星野くんらしい。って気がする。
だけど川田にはどうもぴんと来ないみたいで頻りに首を捻った。
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