第6章 彼のほんとを知りたい

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「あの人がわたしに何を、どうして言えないでいるのか。その理由が少しでもわかったらなあって。…もちろんほんとに彼が言った通り、いつもお世話になってる顧客の方とのお付き合いが深くて頼りにされてる、そのお返しに年に一回別荘に招待される。それだけのことかもしれないし。だけど何かまだある、って気がして仕方ないの。だってさ、そのお客さんの家、東京の端っこも端っこなんだよ。閑静な場所の広大なお宅らしいんだけど、それにしても。…もともと彼の整体院の近くでもないのに。自分ちの近所にマッサージくらい来てくれる人いないの?接点は何?って思わない?」 「それもさ。本人に訊けば」 のんびりした口調でいなされて苛々と言い返す。 「訊いたよ、当然。専門学校の時にお世話になった先生からの紹介なんだって。その人が海外に移住する顧客の専属になって日本を出ることになったから。それから星野くんが引き継いだらしいよ」 「理路整然としてるな。何の矛盾もない」 川田の声はほとんど面白がってる。わたしは首をぶん、と振って気弱な自分を奮い立たせた。 「そうかもしれないけど。…やっぱりどっか、腑に落ちないんだ。だってマッサージだよ?そりゃ、腕のいい悪いは絶対にあるし。いろんな整体院回ったわたしから見ても彼は若いのに結構才能あるとは思うけど…。でも、毎週東京の最果てまで、引いては避暑地の軽井沢まで呼びつけなきゃいけないほどの違いかなぁ。もっと気軽に来てくれる、近所の整体院に馴染みの先生を見つけた方が合理的じゃない?」 川田はこちらを見下ろしもせずに適当な口振りで茶々を入れた。 「極端な人見知りで信頼できる人からの紹介のない相手とは無理、とか。特定の属性の人間以外は受け付けないってのも考えられるな。この場合二十代の若い男じゃないと嫌とかか。…なんか、それも。求められてるものがちょっと…。怪しいか」 結局そっち方面に話持ってこうとするじゃん。 わたしはきっとなって前を向いた。きっぱりと、自分に言い聞かせるように小さく呟く。 「だから。…それを確かめに行くの。そのお客さんと恋愛関係なのかどうかなんて。そもそもその人の年齢も見た目も、性別も知らないのに。予断だけであれこれ想像ばっかりしてても。埒があかないでしょう?」 ここまでしっかり後つけて、同じ新幹線に頑張って乗ったくせに。結局わたしは軽井沢駅で星野くんを見失った。 向こうは指定席のチケットを持ってたみたいで車両も違ってたし。だけどもしそれが可能でも同じ車両に乗ったりしたらうっかり着く前に彼に気づかれかねない。何よりこっちが彼を見つける前に向こうに姿を見られることを警戒してこそこそしてたら、ここまで来て彼と完全にはぐれてしまった。 「しょうがねぇなぁ、見つかんないのお前の旦那?いい加減諦めてさ。今日はもう、俺たちは俺たちの宿に向かおうか?」 少し色を為して辺りを見回るわたしをよそに、おざなりに捜索に表面上付き合ってから呑気な声を出す川田。まあね、こいつにとっては本来どうでもいいことだから。でも、わたしはここまで来てそれじゃ終われない。 きっと顔を上げて前を向き、奴の腕を取ってずんずん駅の外を目指して歩く。 「タクシー拾おう。…行くよ、別荘地」 「うえ。そこまでするの?もうこれ、ストーカーの所業じゃん。お前さあ、そこまで旦那のこと好きなの?この結婚てそんな話だった?」 いきなりそんな風に真正面から突っ込まれて内心少し怯む。けど。 …自分の胸の内を覗き込んで、ちょっと安堵する。そういうことじゃない。って事実は、わたし自身がちゃんと知ってる。 だから疚しいことなんてない。わたしは自信を持ってきっぱりと言い放った。 「好きだけど。そういう『好き』じゃない。…ただ、何て言うのかな。わたしは今のところ全面的に彼に何もかもしてもらうばっかりで。まだ何一つ返せてない。そのことは、自分でもよくわかってるんだ」 気の進まない様子の川田を促して、タクシー乗り場を探す。 「あの人が背負ってるものを少しでも分かち合って。わたしの前では別に何も、隠したりカモフラージュしなくていいんだってわかってほしい。だってそうじゃなきゃ家族じゃない気がして。…何のために入籍までして一緒に暮らしてるのかわかんないよ。ほかにどうせ何も出来そうにないから。せめて、そのくらいはさ」 「そんなの。…俺には何の得にもならないんだけどなぁ…」 とりあえず従順に従いながらもぐずぐずと文句を言う川田。まあ、その気持ちはよくわかる。わたしはちょっと笑って足を止めずに奴をいなした。 「だからごめんて。巻き込んじゃってほんとに申し訳ない、ってちゃんと思ってるよ。だから、全部終わったら頑張って埋め合わせするからさ。何でも好きなことしていいよ、わたしで。…結構いい宿、二泊予約してあるから。個室に温泉もついてるんだよ。ゆっくりじっくり、あとで楽しもう?」
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