第5章 彼の知らないわたしの実情

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「いいよ、だいじょぶ。すごくよかったから。わたしも…。エッチなこと言われて思わずきゅっ、となっちゃった。いきなりだったから」 「うん。…蕩けてきつく吸いついてくるのがあんまり凄かったから。不意打ちだったし、全然保ち堪えらんなかったよ…」 さすがにべたべたになった身体を何とかようやく起こし、ティッシュの箱を引き寄せてわたしのそこを拡げさせて丁寧に拭いてくれる。その手つきは優しいし、愛おしむような顔つきに見えなくもない。 結局のところ、恋や愛なんて全然なくてお互いの内面についてなんか別に関心も持てなくても。 一緒にいてこんなに気持ちよくて、なんだかいいものみたいに優しく親切に扱ってもらえればそれで結構心も満たされる。だからかこいつとの関係やクラブでの変態的な乱交が始まってみると、そこはかとなく何か足りないような心と身体の隙間やずれもいつしかぴったりと埋まってしまい、それ以上のものを別のところに求める気持ちは完全になくなった。 特別な思いを抱く相手や、恋人や彼氏なんかにはもともとそんなに必要性を感じてなかったわけだし。 そこへ以ってきて、とにかく身体的な欲求だけは安全が確保された特殊な空間で思う存分満たされる保証ができた。いざそうなってみて、自分は人並みより性欲がだいぶ強くて変態的なことが好きな特殊な身体なんだなってつくづく思い知らされる羽目になったけど。 学生時代はクラブで、卒業後は川田とパートナーになって不特定多数の男たちとの仲立ちをしてもらえることになって。普通じゃ味わえないことを必要な時にいつでもできて、そこで安全に欲求を解消できるって環境をしっかり手に入れたから、結局一度も不足を感じる状況に陥ることもなくここまで来られた。 異常な性欲はそれで充分処理できてるし、精神的な面でも。もしかしたら、わたしに集団セックスだけしかなければ心と身体に微妙なずれや食い違いが生じて次第に不調を起こしてたかもしれないんだけど、それとは別にこうやって川田からはいつも甘く優しい言葉をかけられてぎゅっと抱きしめられて。 擬似的な恋人みたいな関係を保ってたから、偽物とはいえそれなりに気持ちも満たされて、何となく満足できていた。 そうなると改めて本物の恋愛とか特別な自分だけのための相手が欲しい、ってもう全く思わなくなってしまった。 むしろ本気の恋なんて不確定要素が多すぎてリスクとしか感じない。こうして便利に性欲処理できて、そのあとで優しくあやして過激な行為のあとの微妙な後悔や気まずさを和らげてフォローしてくれる男がいれば。何もかもを面倒もなく全て手に入れられて、それ以上特に足りないものもない。 三十の声を聞いて、ふとこのままだと多分結婚とかはだいぶ遠くなっちゃうな。どうしてもしたいって気持ちにもならないし、と思いつつ、でもこれでいいのかって不安を漠然と感じてなくもなかった。 今はいいけどこの先ずっと歳を取って。いつしかわたしとしたいって思う男も誰もいなくなって、自分自身の中の強い性欲そのものもきっと薄らいでいくだろう。 そうすると、川田と一緒にいる理由もなくなって結局わたしは一人になる。男たちとの身体での結びつきがなくなったらわたしには何も残らない。それで孤独に年老いていくしかない、ってわかってても。こんな女と結婚しても構わないって男の人がそうそういるとは思えないし…。 半ばそう諦めてたところに降って湧いたこの結婚話。わたしがこうやって陰でしてることは褒められたもんじゃないと思うし、世間から見たら大変な不貞行為になるってわかってるけど。 それでも、星野くんがこっちに対して特別な感情がないって知ってるからわたしはだいぶ救われる。じゃれ合ってグルーミングをする仲のいい飼い猫同士のように、川田と今まさに快楽の余韻を共有しつつお互いあちこちにキスしたり優しく撫であったりしながらも、頭の片隅ではぼんやりと自分の新しい家族のことをいつしか考えていた。 こういうことをしてるわたしのことを知ったら軽蔑するかもしれないし、潔癖そうな彼からしたら嫌悪感しか感じない話かもとは思うけど。 少なくとも彼がこれで傷ついたり悲しんだりすることはないとはっきりわかってるから。わたしは星野くんとそれほどためらいなく入籍することができた。そういう意味では、男女の意識や関係がなくてただ人生の伴侶として一緒になる、ってのは冗談抜きでわたしのためにあるとしか思えないやり方だったと思う。 わたしの方はこれで何の不満もない、けど。…星野くんの方はどうなんだろ。 ふと頭の片隅に微かな疑念が蘇る。こんな、形式上の関係の中で。…一体何か、得るものがあるって手応えを感じることなんか。何か一つでもあるんだろうか? 「そろそろ、シャワー浴びて。…服着ようか?」 そのまま再び行為になだれ込みそうな勢いに内心怖れをなして、重ねてくる唇から逃れてそれとなく誘導する。川田はわたしの上に乗り、顔を近づけてじっと覗き込んでこちらの様子を観察しながら答えた。 「どうだろ。…お前、足腰大丈夫?こうやってベッドで横になっていちゃいちゃしてる分にはいいけど。立ち上がって風呂場までちゃんと行けそうか?もちろん俺が支えてやるけどさ。なにぶんこっちも根こそぎお前に持ってかれて、今いち腰に力入んないから…。安全に身体洗えるようになるには、もうちょっと時間かかりそうじゃない?」 まあ。それはそうかもしれないが。 非難してるわけでもないので文句みたいに聞こえないよう言葉を選びながら、わたしは手を伸ばして奴の髪を撫でつつ返した。 「でも。…こうやってベッドに二人でいると、多分そのうちまたしたくなっちゃうし。そしたら尚更腰に力入らなくなって、永遠にここから動けなくなっちゃうよ。…それより、ひとまず何とか一緒にお風呂まで行って、シャワー浴びてお湯にゆっくり浸かって。ひと息ついて今夜はもう身体休めた方が。…明日はわたし仕事休みだから。朝起きたら、体力も復活するしまた続きもできるよ?」
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