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ゆっくりゆっくり、宙に舞う羽根のように。
『彼』は降ってきた。
フェンスを超えた僕の一歩先を落ちていく。
「あっ………」
思わず手を差し伸べる。
誰がどう見てもおかしい状況。
空からか弱い少女が降ってくるならいざ知らず、筋骨隆々で長身の男が降ってくるなんて。
(ついに僕の精神ぶっ壊れて、妙な幻覚でも見てるんじゃあないだろうか)
そんなことを考えながら、男の頬にそっと触れてみた。
「……あったかい」
そう、それは確かな体温。
僕と同じ人間のそれだ。でもきっと彼は人間じゃあないのだろう。
死ぬ前の僕には、当たり前の価値観なんてものは存在しなかった。
「……天使?」
そう呟いた瞬間。
「ぅわぁっ!!」
また大きな風が吹いた。僕の身体を激しく押し出し地上から引き離す勢いだ。
案の定、バランスを失って大きく傾き不自然な姿勢で空中に放り出される形となる。
浮遊感、焦燥感……色んな感覚が綯い交ぜになって時間が止まったようだ。
恐怖心はなかった。自殺するのだから当たり前かもしれないけど。
大きく伸ばしていた手を誰かが掴む。
……と思った時既に、自身の全身は強く靱やかな圧迫感に包まれていた。
―――『空から降ってきたマッチョの男が僕を空中浮遊しながら抱き締めている』
……我ながら何言ってんのか分かんないと思うけど、これが今起こっていることだ。
至近距離で見たその男。
その瞳は深い緑色で肌は白く、とても美しい顔の男だ。
引き締められた口元や身体からは新緑の葉のような爽やかな香りがした。
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