<第一話・少年少女の溝>

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 *** 「あ、あのさ夏騎!」  五年生になった年、夏。もうすぐ夏休みという七月の終わり、教室にて。有純はいつものように夏騎に声をかけていた。今日はクラブ活動などもない。学校が終われば、あとはもうすぐ家に帰るだけである。  クラス替えがあり、再び同じクラスになったというのに――夏騎との関係は、元に戻ることなどないままだ。彼が不登校から復帰して学校に来てくれた時は純粋に喜んだものだが、今から思うとそれも本当に喜ばしいことであったのかどうか。母親が厳しい人であるという話は聞いたことがある。不登校だった間、家族の理解が得られずに無理矢理学校に行けと炊きつけられたのかもしれない。そして、学校に来たこと、イコール彼の心の傷が癒えたということではないのかもしれなかった。 「一緒に帰ろうよ、久しぶりにさ!あ、あの、できればちょっと相談したいこともあるというか……!」  嘘だった。相談したいことがあるというより、夏騎の話を聞きたいだけである。しかし、とにかく何か用がある体裁を取り繕うわなければ、彼と一緒にいる理由を見つけられないような気がしてならなかったのだ。 「……」  夏騎は、いつも無視はしない。視線はちゃんとこちらを向いてくれる。有純の存在を、なかったことにしようとはしていない。でも。 「……悪いけど、一人の方が気楽だから」  言葉は違えど、返ってくる返事はいつもその一種類だけだった。最後に一緒に帰ったのはいつのことだっただろう。三年生の終わり――いや、四年生のはじめの頃までは、一緒に待ち合わせして帰宅することもあったような気がする。しかし、いつの間にか彼は、待ち合わせそのものをしてくれなくなり、一人で帰るばかりになって――やがて不登校になり、それきりだった。五年生になって、同じクラスになって、再び一緒に帰る機会を得てもそれは変わらない。  彼の時間は、どこかで歯車が止まって――そのままになってしまっているようだ。 「……そ、そっか。ごめん」  今までの彼だったら。有純がこう告げると、困ったように笑って“謝って欲しいわけじゃないんだけど”とかなんとか返してくるはずだった。しかし今は、それで彼は会話を終わりにして、そのまま立ち去ってしまう。まるで、有純と長く会話を交わすことそのものが辛くて仕方ないとでも言うように。 ――去年。ほんと、何があったっていうんだよ。  四年生の教室は、一組と二組が三階、三組と四組は四階という配置になる。他のクラスや特別教室との配置上の問題であるらしい。四年一組であった夏騎は、彼らのクラスがある四階に上がることそのものが殆どなかった。自分の意思で見に行かなければ、三組の様子を外から伺うことさえない。  それでも、自分がその気になれば、もう少し何か手は打てたのではないかと思わなくもないのだ。何かトラブルがあるのではないか、という気配は実際に察知していたわけなのだから。確かに夏騎からは、あまり関わって欲しくなさそうな雰囲気を感じ取ってはいたけれども。
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