<第二話・七匹の子山羊>

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 ***  三年四組でいじめがあった。それは、紛れもない事実であるらしい。問題はその内容が、少々複雑で厄介なものであったこと。その解決を、担任教師が殆ど放置してしまったことだったという。尤も、教員がいじめ問題にタッチしなかったのは、“できなかった事情”もあってのことであったようだが。 「経緯はよくわからないけど、そのクラスには女王様みたいな子がいてね。その子が気に入らない女の子を、言いがかりをつけていじめ始めたのが最初だったみたい。彼女には取り巻きがたくさんいて、実質クラスを支配しているような状態だったみたいなんだけど」 「あー……いるわな、そういうヤツ」  有純はうんざりして告げた。幼稚園でも小学校でも、時折そういう子供は現れるものだ。女の子の“女王様”であることもあるし、乱暴者な男の子の“ガキ大将”であったりもする。  実のところ、ガキ大将の方が対応は簡単だ。有純も幼稚園の時、気に食わない男子や女子をすぐ殴るヤツをシメて大人しくさせたことがあった。身体が大きく、それを自慢にして人をいいなりにさせようとするヤツは、本当は友達が欲しくて淋しい人間が大半である。そして、自分の力にしか自信を持てていないことが多い。だからこそ、その拳を砕くとあっさり心も折れるのだ。あとは少し親身になって諭してやれば十分。少なくとも、当時はその後有純の目の前で同じような乱暴を働くことはなかったように思う。そして、ああいう単純なタイプは、力を誇示してやりたい分隠れてコソコソ虐めるという発想にも行きづらい。  だから面倒なのは、女子の方なのだ。小学生までは特に、女子の方が頭の回転が早く機転がきくことが多い。それが良い方向に向けばクラスの良い導き手になることもあるが、悪い方向に働けば――クラスを影で牛耳る、いじめっ子女王様に早変わりしてしまうのだ。 「ターゲットになった子は、“狼”って呼ばれてたんだって」  夢は苦い顔で告げる。 「ほら、赤ずきんでも、七匹の子山羊でも、狼は嫌われ者の敵役でしょ?狼が退治されて、みんながハッピーエンドになるでしょ?」  そういえばそうだな、と有純は思う。幼心に残酷な話だな、と感じた記憶があった。というのも、狼は肉を食べなければ生きていけない生き物だからだ。生き物に関して、今の有純もきちんと知識があるわけではなないけれど――それでも多分、子山羊達のように草だけ食べて生きていくなんてことは難しいのだろう。肉食動物は、草食動物と身体の仕組みが違うのだから当然と言えば当然だ。  そんな狼が、食べられる肉を求めて獲物を探すのは、意地悪のためでもなんでもない。ただそうしなければ生きていけないから、それだけのことだ。  それなのに、狼は悪者扱いされて、あげく“嫌われ者”だからと当たり前のように殺されてしまう。そして、死んだことを森の仲間たちには“狼が死んだぞ!”と大喜びされるのだ。――深く考えれば考えるほど、狼という存在が不憫なものに思えてならなくなってしまう。確かにお話の中の狼のやり方は大抵セコいし、草食動物たちもそれはそれで一生懸命自分の身を守ろうとしたのはわかるけれど。  だからって、死んだ後でさえ貶され、死んだことを喜ばれるなんて――そんなの、狼が可哀想すぎるではないか。
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