<第二話・七匹の子山羊>

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「だから、彼女は気に食わない子を“狼”に見立てたんだって。“嫌われ者の狼”“みんなと同じことができない狼”“普通のことができない狼”“みんなと違う、異質な狼”。……とにかくそういう言いがかりをつけて、一人をみんなで虐めるの。でもって、虐められたのは一人じゃないんだって」 「一人じゃない?」 「標的が、どんどん移っていったの。取り巻きの子と、彼女に味方をした子以外の誰かに。……夏騎君も、一時期そうやって“狼”にされて、それで不登校になっちゃったみたい」  そんな、と有純は唖然とする。確かに様子がおかしいとは思っていたけれど、どうして相談してくれなかったのだろう。確かにクラスは違うし、だから相談されたところで何かができたわけではないかもしれないが。 「それでね。……最終的に、自殺した子が出ちゃった。その子の名前は、“小倉港(おぐらみなと)”君、って言って……」 「……夢、大丈夫?」  段々と顔色が悪くなってくる夢を見て、美桜がその背中をさする。ごめんね、と夢は俯いて、唇を噛み締めた。 「ごめん。私が直接何かを見たわけでもないのに。……友達の、亜季(あき)っていうんだけどさ。亜季がね、その話をしながら大泣きしちゃって。すごく明るい子だったのに、去年三組を経験したらほんと、すぐに泣いちゃうようになって……今、病院にも通ってて、学校に来る頻度も減っちゃって。思い出したら、ほんと許せなくて。亜季は、直接“狼”にされたわけじゃなかったのにね」  そんなに酷かったのだろうか。正直、有純には想像がつかない世界だった。いじめというのは、確かにいじめられる人間だけが被害者、いじめた人間だけが加害者ではないという話を聞いたことがある。いじめられている人間を見て見ぬフリをした者も加害者だ、という者もいる。同時に、自分が標的にされるかもしれないことをわかっているのに、誰かを助けろなんていうのはあまりにも酷な話だろう、という意見も。  そう考えると、クラスに “いじめが発生している”という状況そのものが、無関係の生徒たちにも大きなストレスを与えるのは間違いないことなのだろう。特に、女子が主導とうなるいじめは一見解決したように見えても影で進行し続けることが少なくない。  女王様、の女の子は今どのクラスにいるのだろうか。なんといっても、情報源が子供達の“噂”しかないのだ。大人達は、一切、子供達にそのテの話をしてくれない。いじめを隠蔽したいのか、それとも本気で“いじめなんてなかった”と思っているのかは定かでないが。 「それで。小倉港君の遺書は、警察の人に回収されちゃったみたいなんだけど。……机の中から、一番最初にそれっぽいのを見つけたの、亜季だったんだって。まだ小倉君の自殺が発覚する前で……机の中からはみ出しているのを見て。封筒に入ってるんじゃなくて、ほんとそのままの紙が入っていたから全部見えちゃったらしいんだけど」 「それが、“奇妙なもの”だった?」 「うん。最初は遺書だなんてわかんなくて。ただ亜季も、その時にはもう大人の人への信用ゼロになってたから……これ、見つかったら先生に隠されちゃうんじゃないかと思ったみたいで。こっそり持っていって、図書室でコピーしたんだって。今から思うと、ファインプレーだったと思う。なんとなくだけど、大人の人が見てもわかるようなものじゃなかったと思うから」  これ、と。夢は言いながら、自分のランドセルを開き透明なファイルを取り出した。
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