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第二話 薔薇の中の小さな子
新年三日、バラが生まれて四日目
「姉さん、なんか元気が無さそう」
「本当ね、ちゃんとお水を上げてるのに」
卵が割れた時、毎日飲んでいるローズティーのポットからこぼれたしずく、もしかしてこれがほしいのかな。
毎朝欠かさずに僕が入れるローズティー。エッヘン、これは僕が作ったものなんだ。
僕は、自分のカップに残った冷めたお茶を一滴、下を向いて元気のなさそうなバラの足元に落とした。
すると、バラはぐんと空をむいた。
「姉さん、元気になった!見て、エッグが上を向いた!」
本当ね、明日からお茶にしましょう、と姉さんは微笑んでいた。
姉さんは仕事に行く、俺は、大事に育ててきたバラの花を摘んで、紅茶用と、香水ようにする。ただ今は寒くて秋に咲いた花も終わりそれが出来ない。納屋にある、乾燥させたバラの花を丁寧に集めそれを使う、これで最後だな、後は春まで剪定をしたり、肥料をやったりと、寒いけどやることは多い。
爺ちゃんに教わった香水は、結構売れるんだ。
お日様のあたる窓辺には、まだつぼみのバラ。
去年やっと買った暦には、その月に行うべき、農家の仕事が書いてある。
これもじいちゃんの国が作るんだって言っていた、占いで決まったことが書かれてるんだって、まあこの通りにすればいいってことで。
その暦には大寒と書かれてある。人間にはわからないけど、自然界では一番寒い日で、これを境に春へ近づいていくんだという、そう、この日が冬祭りの日なんだ。その二週間前には小寒とある、少しだけ寒いんだろうか?
その日、僕は朝から家の中で仕事を始めた。
いっぱい火を使うし、水も使う、だから準備に時間がかかるけど、それをずっとしてきたから、苦になんて思わない。
「それじゃあね、お昼ちゃんと食べてね」
「うん、行ってらっしゃい」
姉さんは仕事に向かった。
シュッ、シュッ、と変わった機械から勢いよく出る蒸気。乾燥した花をその中で蒸す、細い管を伝う蒸気が冷えると水滴が落ちる、それがたまってくる。バラの花びらの香りが強くなってきた。
そろそろだな。仕上げに、ぎゅうぎゅうに花びらを詰めた入れ物を交換して、さらに一時間かけて蒸すんだ。
カタン
ん?何の音だろう。
振り返るとステッキが倒れていた。
何気なしに、それをもとの所に置こうとして手に取った。
ブワーッと、風が起き、部屋の中にあった本がバタバタと音を立て、その辺にあった紙が舞い上がった。
「ウワー、窓、バラが倒れちゃう!」
でも、窓は空いていない、僕はバラの花を取って、風に背中を向け、目を閉じたんだ。
静かになった、目を静かに開けた・・・
「ここは・・・どこ?・・・」
今、ここはじいちゃんの部屋だったはずなのに、どこだろう、明るい部屋、それにあったかい。大きなベッド、そしてテーブル、誰の部屋かな?バラを置き、ステッキを立て掛け、着ていたコートを脱いだ。
バラを抱き、大きな窓に近づいた。
そこには僕の知らない広大な景色が眼下に広がっていた。
「ここどこ?」
ステッキを持ち、コートを持って、ドアを開けた。
「あ、この匂い」
確か、紅茶用のバラの匂いだ。
僕たちは、貧乏で、お茶は少ししか買えない、でもバラはある、この香は、紅茶の方が強いな。
「そうね」
「そうだよね、ん?誰?」
辺りを見回したけど、誰もいない、ただ、長い廊下が、光り輝くような位明るく伸びている。
「匂いはどっちからするのかな?」
「あっちみたい」
へ?僕は思わず抱いていたバラを覗き込んだ。
「ポト、ほらあっち」
ば、ばらのなかに人がいる!?
腰が抜けて座り込んだ。
「大丈夫?」
うん、うんと頷く
長い金髪の小さな女の子だ。
「き、君は誰?」
「私?んー、エッグ」
「エッグ?(玉子?)」
僕にそう呼んでいたじゃないという。まあそうだけど。
「ほら行きましょう、私ものどが渇いたわ」
長い長い廊下、部屋はいくつあるんだろう、大きな屋敷だな。周りをきょろきょろ、匂いだけを頼りに歩いた。
長い廊下が途切れた、階段だ、大きな階段、それをゆっくり下へと降りた。匂いのする方へ向かった。
外だ、中庭だろうか、バラがいっぱい咲いている。
すごい、いろんな色がある。
赤だけじゃない、黄色に、ピンクに、白、緑もある。
「きれいだね」
”ありがとう。”
「ン?今声がした?」
ほら、早く、あそこに誰かいる。
指差した方に、黒い服を着た、メガネをかけ、髭を生やしたちょっと太った男性がいる。
早く、声を掛けなさい、お茶をいただきましょうとエッグが言う。
「あ、あのー」
その男性は、僕を見て驚いて立ち上がった。寝ていたのだろうか?口元を手で拭い、窮屈そうなジャケットの前を合わせた。
「すみません、僕、気が付いたらここに居て」
「お、王子!」
おうじ?
「あ、あの?ここは?」
「お待ち申し上げておりました、ささぁ、どうぞこちらへ、お茶を、あ、入れ直さなくては」
「入れ直さなくても、のどが渇いているので少しだけいただけませんか?」
「あら、私は嫌よ、ポトのお茶の方がいいわ」
「そう?ありがとう」
「どなたとお話ですか?」
男は辺りをきょろきょろと見まわしている。
え?彼女が見えないの?
「ポト。早く!」
「ん?ポト?」
何処から声がするんだ?と見回す男。
「あ、ああ僕のあだ名です、ポデットと言います」
「ポデット王子、少々お待ちください」
ポットを持ち上げた、濃いお茶のいい匂いがする、うちは貧乏だから、お茶は少ししか買えないけど、バラはいっぱいあるから。
「それをください」
「ですが・・・」
ポットを奪い取ってふたを開けた、いい匂い。きれいなバラの絵の描かれた陶器のポット、僕はポケットから売り物にするバラの花びらのクズを入れた紙袋を出しポットに入れた、ふたをして、くるくるとまわした。
「んー、いい匂い、早く頂戴」
彼女は俺の袖を引っ張った。
エッグは少しでいいよね、カップは大きいな、これはミルク入れかな。ミルクの入っていない同じがらのティーカップとおそろいのがらが書かれた小さなカップ。
「お借りします」
どうぞという顔は不思議そう。それをエッグの前に、まだ大きいけど、ツーっと流しいれるとホワンといい香りが広がり美味しそうに顔を突っ込んで飲み始めた。これでも大きいか、エッグの倍はありそうな大きさを持ち上げることもできないでいるけど仕方がないよね。俺も一口、うまい。
「どうぞ、おかしいか?一緒にいかがですか?」
「ありがたく、光栄でございます」
彼が椅子を引いてくれたので俺はそれに座り、彼のカップに注ぎ入れた。
香を楽しむ、素晴らしい香りですと言ってもらった、へへへ―ん、凄いだろー。
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