夏が来る

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 6回表、母校の攻撃。  一番打者がヒットで出塁し、二番打者が送り、ワンアウト二塁となった。  三番打者もヒットで出塁し、ワンアウト三塁一塁。一打得点のチャンスの場面でバッターボックスに立つのは四番打者だ。  四番バッターの名前を大きく書いたスケッチブックを掲げた野球部員が通路を移動している。  応援団の声も吹奏楽部の音も、巡ってきた最高の場面に気合いが入っている。  スタンドの観客も一緒になって選手の名前を叫んだ。  しかし、相手バッテリーは四番に対して敬遠策を取った。  ワンアウト満塁。  相手の狙いは併殺だ。  ゆっくりと出塁する四番に拍手が送られる。  バッターボックスに入る五番打者を、祈るように見つめた。  スケッチブックを確認し、吹奏楽部の演奏に合わせて名前を叫ぶ。  打者は二球ほど球を見送った。  ワンストライク、ワンボール。    そして三球目。  快音と共にボールは低めの軌道で一・二塁間を抜けた。  スタンドが大きく揺れた。  懸命に走る走者に悲鳴と歓声が混じった声援が飛ぶ。  そして、二塁と三塁の走者がホームをついた。  スタンドは割れんばかりの歓喜の声と、高らかなトランペットの音で湧く。  見ず知らずの周囲の人とハイタッチを交わした。    沸き上がる興奮を抑えられない。  緩む顔に汗が伝っているのがわかる。  2対0、膠着しているこの試合では貴重な2点が入った。  なおもワンアウト二塁、一塁とチャンスは続いている。  しかし、相手ピッチャーは落ち着いたものだ。  続く二人をファーストゴロと三振で討ち取り、追加点を許さなかった。  打者のバットが空を切り、審判の手が上がると、スタンドはさっきとは違うどよめきに包まれた。  緊迫した6回表を終え、選手たちが守備位置についていく。  いい、いい。追加点はならなかったけど先制点が2点も入ったんだし。まだ回は残ってる。  あとはそれを守れ、守り抜け!!  日常生活では敢えて浴びようとはしない太陽の光を一身に受けながら、それが苦痛とは思わないほどに私は球場の空気を楽しんでいた。  
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