夏が来る

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 両者無得点のまま、8回の裏を迎えた。  相手チームは得点を許してからというもの、温存していたエースをマウンドに送り込んできた。ピッチャーの球筋を把握して更なる追加点を狙っていた母校にとっては痛い交替だった。  エースはやっぱりエースだった。打者を簡単に討ち取り、追加点を許してはくれない。いずれも三者凡退で、試合は点を守りきるのが勝利への道という様相になってきた。    ところが、母校は連投のピッチャーに疲れが見え始めている。  6回7回とランナーを出し、再三のピンチに襲われた。守備の助けもあって切り抜けてきたが、こちらが相手の球筋を読めてきたように、向こうもそうなのだろう。  前半とは明らかに違うヒットの数に、ひやひやしっぱなしだ。  オレンジ軍団の気合いのはいった声が響く。 このままその空気に飲まれてしまいそうだ。  祈るようにマウンドを見つめた。  ツーアウト二塁・一塁。  あと一人凌げば、ピンチを脱することができる。  大きくリードを取る走者。  一塁への牽制を一度行ったあと、ピッチャーがようやく投球フォームに入った。  ……放たれた球種がなんなのか、それは解らない。  ただそれはまっすぐに、キャッチャーミットに収まるはずだった。  キィン  硬い硬い金属音だった。  白球は私が座る三塁側スタンドの方向にぐんぐんと近づいてくる。  オレンジの歓声が押し寄せてくる。  フェンス直撃の三塁打。  相手チームの走者が次々とホームベースを踏み、試合は振り出しに戻る。  ツーアウト三塁。  ピンチはまだ終わらない。  一塁側スタンドからは、引き続き大きな波のように歓声が溢れ出している。バッターボックスに立つ打者を後押しするように。    お願い、踏ん張って!  思わず祈る手を握りしめた。  見るのが怖い。  昔からそうだった、映画で緊迫したシーンが来る度に目をそらしていた。  こんなに歳を重ねた今になっても怖くて目を伏せる。  鈍い金属音がして慌てて顔をあげると、キャッチャーの後方に打球が上がり、ネットを揺らしていた。  審判が新しいボールをキャッチャーに手渡した。  キャッチャーはそれを投げずにマウンドまで緩く走っていく。  一塁手と三塁手も駆け寄った。  二言三言、言葉を交わしたのかもしれない。 すぐに三方向に守備陣は散る。  自分のテリトリーは必ず守りきる、きっと誰もがピッチャーを助けようと決意しているに違いない。  怖い、怖いけれど。  応援しに来たのなら、ピンチに立ち向かう選手たちを信じなければ。  固く握りしめたままの手を口許まで引き上げ、ダイヤモンドを睨んだ。  球が投げられた。  振り抜いたバットが球をとらえる。  歓声の渦が球場を飲み込んだ。    
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