第八章 校門前

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……――。 ………――。 「ん?」 何かが聞こえた気がして珠美は後ろを振り返った。 「……気のせいか」 電灯と月明かりだけが頼りの道には珠美の姿しか見えない。 大分遅くなってしまった。 急いで帰ろう。 珠美が自宅の玄関を開けると、思った通りの人物がリビングから顔をのぞかせた。 「お疲れー、珠美」 「ただいま」 「どうだった?」 「依頼は完了したよ。これ、依頼主に返しておいて」 靴を脱いでリビングに入ると珠美はテーブルの上に指輪のケースを置いた。 依頼主から預かったものだ。 ソファに身を沈める珠美に彼女は紅茶を入れて渡す。 「随分時間がかかったのねぇ。手こずったの?」 「まさか。ただ……」 「あらどうしたの?」 いつになく歯切れが悪いじゃない。 向かいに座った彼女を珠美はちらりと見た。 長い髪を頭の上でお団子にしている彼女は紅茶を啜っている。 「人を好きになるって、ああいうことなのかな……って」 本当は記憶を取り戻させたらさっさと成仏してもらうつもりだった。 自分の体を他の人間の魂の受け皿にするのはかなりの重労働だからだ。 でも、依頼人がどうしても直接話をしたいと言うから体を貸した。 そんなことをしたところで彼が死んだという事実は変わらないのに、無駄なことをする人だと思った。 ……でも。 彼女の言葉で彼は成仏した。 珠美は何もしていない。 彼女の言葉だけで、彼は未練を手放したのだ。 それが不可解だった。 (来世でも、また出会いたい……か) そんなことを思う人が本当にいるとは思わなかった。 自分には理解できない感情だ。 ティーカップを手に取りながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。 だめだ。 普段はこんなこと一々考えたりはしないのに。 今日は相当疲れているらしい。 「あら~?あらあらあら?珠美もそういうことに興味が湧く年になったのかしら?」 「は?」 「いいのよいいのよ、隠さなくて!」 目を爛々とさせて身を乗り出す彼女に珠美は髪をかきあげてため息をついた。 「そんなことより、次の依頼は?」 「珠美あんた……次の依頼ったって学校があるでしょ?」 「寝ぼけてるの?昨日も言ったでしょ。明日から……」 明日から、長い夏休みが幕を開ける。
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