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次の瞬間。
動かした覚えはないのに珠美の右腕は優介の左胸を掴んでいた。
いや……正確には胸を突き抜けていた。
ズブリと優介の胸に沈んだ腕に伝わる、肉体を越えてさらにその奥にあるものに触れた感覚。
魂に、触れている感覚。
「イ、ヤアアアアアアアア!」
優介の口から高い悲鳴が漏れだした。
宙を舞う首も全く同じ悲鳴を出していて。
それを認識すると同時に珠美の首が解放された。
「っ……げほっ」
いきなり大量の空気が入ってきたことによって珠美は激しくむせた。
酸素を求めて肺が収縮を何度も繰り返す。
突然珠美を解放した彼女は尻餅をつき怯えたように後ずさりするが上手くいかない。
当然だ。
珠美の右手はまだ優介の左胸を掴んでいる。
彼女の魂ごと。
そして。
「な………」
ずるりと魂を引っ張り始めた。
珠美の意志ではない。
右腕だけが勝手に動いているのだ。
訳が分からない。
何故。
言うことを聞かない自分の右腕を珠美は信じられない気持ちで見つめた。
この力は、確かに自分のもの。
だがこんなことをできるはずがないのだ。
融合に近い形で憑依している魂のみを引きずり出すなんてことは。
珠美にはできない芸当だ。
だからこそ今回は希の手を借りて事を運んだというのに。
一体、どうして。
そう考えている間に首のない女性の魂は優介の体から引きはがされていく。
珠美自身の手によって。
「ァァァァァッァ――」
全てが出尽くしたとき。
「優介くん……!」
優介が倒れこんだ。
そしてずっと自由の利かなかった右腕が感覚を取り戻した。
「今の……」
訳が分からないことばかりで混乱しそうだった。
でも、今は考えるより先にやらなければいけないことがある。
珠美は目の前で起きた事態を頭の片隅に追いやった。
首と胴に別れた霊体が一つに戻っていく。
かといってそれで彼女が完全に元に戻ることはない。
一度悪霊になれば戻ることは難しいのだ。
歯を強く噛み締める。
先に悪霊と化したこの女性を祓わなければ。
 
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