第十四章 心 前編

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入れた紅茶を持って珠美は希の正面のソファに腰を下ろした。 十月も半ば。 もう昼間でも暑いと感じることはなくなった。 特に今日のような曇天では肌寒さを感じる。 冷えた体が紅茶で温まっていく。 希は何も言わず珠美が次に言葉を口にするまでじっと待っていた。 テーブルの上に置いたマグカップの中の紅茶にできた波紋が消えるまで珠美は見つめていた。 優介。 彼の考えていることは多少なりとも分かっているつもりだ。 きっと彼は……あの日、珠美の首を絞めてしまったことを悔い、自分を責めている。 自分のせいだ、と。 優介は……そういう人間だ。 「優介くんのせいじゃないのにね」 「………」 ふ、と珠美は口の端を上げた。 彼のせいではない。 今は目立たなくなった首筋の痣を珠美はそっと押さえた。 先日のあの出来事は……何のことはない。 珠美の見通しが甘かっただけのことなのだ。 彼の中にいた女性の変化を見極めることができなかった。 結果、悪霊化した彼女は優介の体を乗っ取り。 判断ミスは全て自分自身に返ってきた。 ただ、それだけのこと。 なのに彼は。 「私がどれだけとめても謝ってきてさ……」 「珠美……」 「私、何て言ったらいいか分からなかった」 「………」 本当に、いやになるほど気の利かない人間だ。 珠美は自分のことを嘲笑する。 人の気持ちが分からないから……考えたことなんてなかったから……。 何も、できなかった。 「分からないなら、とことん考えなさい」 「希ちゃん?」 考えている内にいつの間にか希は珠美の隣に座っていた。 背もたれに片方の手をかけ足を組む希はもう片方の手で珠美の頭を撫でた。 そしてにかりと笑う。 「あんたはまず自分の心と向き合わないといけないんじゃないの?自分の気持ちを捉えられない者が他人の気持ちなんて理解できないわよ」 「……今日、花にも似たようなことを言われたよ」 そうでしょうね、と希は頷く。 その言葉に込められた意味が理解できなくて珠美は眉を寄せた。 自分の気持ちに素直になれ? 何を言っているんだ。 十分素直になっているじゃないか。 そう思ったからだ。 「優介くんが私を避けるのなら、そこまでだよ。私から歩み寄る必要性を感じない」 「あらあら」 「そんなこと、面倒なだけだよ」 半ば吐き捨てるように珠美は言った。 今のはうそ偽りのない本心だ。 これが自分の素直な気持ち。 間違ってなんかいない。
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