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優介の高校にある旧校舎は、「出る」。それはこの高校に通っているものなら誰もが知っている噂だった。そして、優介はそれがただの噂ではないことを知っていた。
なぜなら。
優介はいわゆる「視える人」だったからだ。
物心つく前から、視えるはずのないものが視えていた。頭が半分潰れている人や、女の人の腰にへばりついている赤黒い赤ん坊、ただそこに佇んでいるだけの黒い影。そういったものが視えることは、優介にとって一番の悩みでもあった。
学校のようにたくさんの人が集まる場所には多少なりとも良くないものはいる。しかし、この旧校舎には。
数え切れないほどの霊たちが蠢いている。
幼い頃から霊たちを見てきて耐性がついている優介にとっても、それは恐ろしいものだった。
そんな所に携帯を置いてきてしまった。まだ決まったわけではないが、優介が今日行った場所の中で探していないのは旧校舎だけだ。携帯を落としたのはほぼ間違いなく旧校舎だろう。その事実に優介は愕然とする。
「まじかよ」
優介の体質を知っていて、普段からなるべく旧校舎に近寄らないようにしていることも知っている友哉もまた、何故よりによってそんな所にという気持ちを隠せずにいた。
「友哉は今日バイトなんだろ?時間、大丈夫なのか?」
「あ、ああ。もうそろそろ行かないとやばいな。………一緒に旧校舎行くの付き合うか?」
気を使ってそう言う友哉に、優介は固い表情のまま首を振った。一人で行きたくないのは山々だが、友哉に迷惑をかけるわけにはいかない。それに、いつまでもこんな風ではまるでトイレに一人で行けない子どものようでいやだった。
「大丈夫だから、友哉はバイトに行ってきなよ。おれは職員室に行って鍵を借りてくるから」
「本当に大丈夫かよ。なんなら来週探すんでもいいんじゃないのか?」
「平気だって!せっかくここまで探したんだからみつけてから帰るよ」
いつになく頑固な優介に押し負けたのは友哉の方だった。
「とにかく、本当に気をつけろよな。やばいと思ったらすぐに俺に連絡……って携帯なかったんだな、お前」
まるで小さな子どもに言い聞かせるように言う友哉に、優介はぷっと吹き出す。
「お前はおれのお父さんかよ!」
「あっ!人が心配してやってんのにそれはないだろ!」
「はははっ、ごめんごめん。心配してくれてありがとーございます」
いつものように一通りじゃれあったあと、友哉はバイトへ、優介は職員室へと別れた。
この選択を、優介はこのあと後悔することになる――。
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