第十八章 鬼っ子

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無理もない。 ここへ来るまでの道すがら仙崎家のことを少し聞いてきた。 その話によると珠美がここへ来るのは約十年ぶりのことなのだという。 つまり、珠美の母親が亡くなった直後のこと。 彼女が死にかけたとき以来の訪問。 きっといい思い出はないのだろうと思った。 だから、自分はしっかりしていなければ。 ここでどんなことが待ち受けていたとしても。 「行こう、たまちゃん」 「うん」 遂に珠美は、足を踏み入れた。 鬼っ子の生まれた場所へと。 高校が冬休みに入ってすぐ、優介たちは仙崎家へと出発した。 本来であればクリスマスやら大晦日、正月やらでそこそこに華やぐはずの冬休みだが、今回それらは二の次だった。 珠美の母親と希の実家である仙崎家。 そこへ行って、鬼っ子のことを知る。 それが今回の目的だった。 彼女の中に今もある鬼っ子としての力。 今はそれを自由に使えているが、それもどうやら時間の問題らしい。 時限爆弾を抱えているようなものだと珠美は苦笑していた。 「自分をしっかり持っていればしばらくは大丈夫」 そう言って。 十年間上手く付き合ってきた力だ。 今までの暴走は珠美自身が窮地に追いやられ、体の制御を奪われてしまったが故に起きたものだと彼女は言った。 つまり、穏やかにしていれば何も起きないと。 しかし彼女は優介から距離をおこうとした。 やはりそうは言ってもまた危険な目に合わせたらと不安な気持ちは消えなかったのだろう。 優介は珠美を説き伏せた。 もう自分は腹を括ったと。 だから、君は自分を避けなくていい。 もうそういうのは止めにしようと。 珠美はとても驚いていたが、それを受け入れた。 少し照れたような表情で。 それは優介にとって新鮮な感覚だった。 優介の知っている珠美はあまり感情表現が豊かな方ではなかった。 驚いたり、笑ったりとしているのは分かるが最初はそのちょっとした表情の変化に中々気づけず怒っているのかと思ったほどだった。 恐らく優介のほうがよっぽど表情豊かだったろう。 しかしここ最近は何だか珠美の表情の変化が目まぐるしかった。 本来の珠美はこちらなのかもしれない。 諦めながら生きてきた彼女は、きっと自分の心を押しつぶしてきた。 消えない罪悪感に苛まれながら。 だから優介は彼女の表情が変わったことが嬉しかった。 (でもなあ……) それはいいのだが。 本来の彼女は中々にそそっかしい女性だった。
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