第十九章 魂の牢獄

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時計になくてはならない長針短針秒針。どれ一つとして、なかったのだ。 外されたのか。 誰が、何のために。 不可解な物体になってしまった元壁掛け時計をしばらく見つめていた珠美だったが、首を振ってとりあえずそれから視線を反らした。  視界に入った別のものに気をとられたからだ。 教室の窓の外に広がる空。 見たことがない色をしていた。 灰褐色というのだろうか。 地を滲ませたような不気味な色をした空には、雲一つ広がっていなかった。 なのにも関わらず、夕暮れとも違う奇妙な暗さが外界を包んでいる。 「夢……?」 思い付いた言葉を発してみるが、何となく違う気がする。 夢は希の専売特許だ。 珠美には夢に干渉する力はない。 だから、これが本当に夢だとしたら自分は目が覚めるまで待つしかないのだが……。 (あれ……私、眠る前は何をしてたんだっけ) ふと、珠美は思った。 ここが夢にしろ現実にしろ、自分は確かにさっき机で目が覚めるまで眠っていた。 だがその前のことが何も思い出せない。 何か大切なことを忘れているような気がして、胸の奥がざわつく。 よく分からないが、珠美は混乱しているようだった。 焦っているのか何をしたらいいのかが分からない。 そのこと自体がさらに珠美を不安にさせていく。 落ち着け。 声には出さず、自分に言い聞かせる。 とりあえず教室から出てみよう。 廊下は、恐ろしいほどの静けさだった。 普通の静かさとは違う。 自分が発する靴音、衣擦れの音以外は皆無であり、無音の世界が続いている。 それを裏付けるように他の教室には誰も、影すら窺うことはできなかった。 初めての体験に、平衡感覚を失ってしまいそうだ。 一歩一歩確かめるように階段を降りながらそう思った。
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