第二十章 境界

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地面に膝を落としたまま、優介は声を震わせた。 力が、入らなかった。 帰りたいのに。 珠美。家族。友達。 みんなのところに戻りたい。 とても。とても強く思っている。 けれど、優介の体は動かない。 「……出られます」 囁くようなその声に、優介ははっと顔を上げた。 珠美の母親は仄かに笑うと生気の感じられない白い指先で空を指した。 「君はあそこから落ちてきた」 見上げた空は、朝焼けと夕焼け、青空が散りばめられたような色をした不思議な空。 正反対の色が境界もなく存在している。 それがますます、この世界は現世ではないことを強調していた。 「ここは、彼岸。あの世とこの世の境目」 空とこの川の底がはっきりとその二つを分けているのだと。 空の向こうは生者の世界。 そしてこの川の底は、死者の世界。 ここはその中間。 死した者は生者の世界から……あの空の向こうから降るように落ちてくる。 肉の器から魂だけが抜けて。 そしてやがてこの川へと沈み。 今生の記憶を全て洗い流し終え、真っ白な魂に戻ると。 新たな生を受け、再び生者の世界へ戻る。 何度も何度もそうして巡っていく。 幾度となく繰り返されてきたこれが。 「それが、輪廻転生と呼ばれるものよ」 「じゃあ、やっぱりおれは……」 彼女の話に当てはめるのならば、やはり優介は真っ当に死を迎えてしまったのだ。 この川に沈むのが、運命。 抗うことのできない自然の摂理なのだ。 それしか優介に道はない。 七色に光る、川。 この川に入れば……全てが終わる。
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