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第十章 一歩先
「脱水症状を引き起こしてるけど、あの子は大丈夫よ」
あと、擦り傷も少しあるけどね。
その声に、暗い病院の待合室で俯いていた優介は顔を上げた。
電気もろくについていないこの待合室では非常口を示す緑のランプだけが明かりを灯している。
そこには真剣な顔をした希が立っていた。
「そうですか……よかった」
「君の方は?」
包帯を巻かれた左腕を希は目で示す。
それに対して優介は力なく笑った。
「大丈夫です」
面の怨念に取り憑かれた少年に斬りつけられた左腕は出血こそ多かったものの、大したことはなかった。
日常生活に問題が全くないわけではないだろうが、利き腕ではないだけましだろう。
あのあと。
珠美が倒れた、あのあと――。
優介は急いで希に連絡をした。
救急車を呼ぶべきかとも思った。
だが少年が刃物を持っていたことや、それで優介を斬ったことを隠し通せる自信がなかった。
何より、珠美が言ったことを思い出したのだ。
面に取り憑かれたせいでこの少年が世間から冷たい目で見られることは避けたい、と。
希はすぐに車で駆けつけた。
全身泥だらけで左腕の傷を押さえている優介。
落ちている果物ナイフ。
横たわる少年のすぐそばに落ちている肉付きの面。
そして、倒れている珠美。
何があったのかを希はすぐに悟ったようだった。
知り合いの病院に連れていくと言って、車に少年と珠美を協力して乗せると制限速度を遥かにオーバーしたスピードでその病院に向かった。
着いたのは、優介も何度か来たことのある個人経営の病院。
もう診察時間はとっくに過ぎていたが、医者は優介たち三人を診てくれた。
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