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清司がその奇妙な夢を見るようになったのは、さる令嬢との見合い話が持ち上がった頃からだった。
気が付くといつも清司は、蛍が舞う月明かりの庭からその部屋を見ていた。
苔むした沓脱石の上には小さな草履が揃えて置かれており、濡れ縁の先には裸電球がぼうっと点る粗末な部屋がある。
一間ほど開け放した明かり障子の向こう側から聞こえてくるのは艶めかしい喘ぎ声だ。目を凝らすと畳の上に敷かれた薄い布団の上で、白い足先が打ち上げられた魚のようにぴくぴくと跳ね、悶える様子が見えるのである。
その声はひどく苦しげで、そのくせどこか甘く潤んでもいる。清司はいつもそれを幽かに喉が渇くような心地で見つめているのだが、その夜は少し様子が違った。
反対の障子戸の陰から何やら禍々しい気配を伴った黒い影が音もなく現れ、悶える白い足先に向かってズズ…っと畳の上を這うのである。
そこで清司はハッと目を醒まし、夜明け前の闇に目をさまよわせた。あのもやもやとした網のような影が、今もこの闇の中で蠢いているような気がした。
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