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本棚に追加 翌日は午後から急に雲が切れた。梅雨の晴れ間はことさらに日射しがきつく感じられ、清司は縁に佇みながら、両目をすがめて庭を見遣った。秋緒が庭の草木に水やりをしている。麦藁帽を被ったその後ろ姿はすんなりとたおやかで、眩い緑の景色の中で、どこか幻めいた儚さを感じさせた。
彼の頭にはいささか大きすぎる帽子は、清司が彼に与えたものだった。彼が奉公に来た年の夏は特に日照りがひどく、庭で作業をする彼の、白く澄んだ肌や艶やかな黒髪が容赦なく痛めつけられるのを苦々しく思って買ってやったのだ。その時の彼の、零れそうに見開かれた大きな美しい目を忘れない。
じっと見ていると、秋緒は清司に気付き、はっと目を瞠ったあと、ぎこちなく会釈をし、そのまま庭を出て行こうとした。
清司は急いで草履をひっかけると庭に降り、秋緒のあとを追った。後ろ手を掴んで引き寄せると、彼はあっけなく清司の胸に転がり込んだ。
「あッ……」
「お前、秋緒といったな」
「は、はい」
「くにはどこだ」
唐突な質問に戸惑ったような顔で、秋緒は東北の地を答えた。なるほどこのきめ細やかな白い肌は、北国特有のものに違いない。産毛までもがきらきらと光る、白桃のような肌の光沢に清司は束の間見惚れた。まだあどけないような印象なのに、その白いうなじからは匂い立つような色気を感じる。
彼は「男」を知っているのではないか――。
そんな愚にもつかない想像が胸を衝く。
「あの、どうか、……お手を、お放しください」
今にも泣きそうな、か細い声に我に返る。
「……すまない」
焦って突き放すようにすると、少年の目が切なげに揺れた。その瞬間、唐突な衝動に呑み込まれそうになり、清司は振り切るようにして背を向けた。そのまま屋敷を出て、近くを流れる川のほとりまで歩き、川面をぼんやりと眺めた。
何故、「男」を知っているのでは、と勘繰ったのか。女ではなく、なぜ男だと。
いつのまにか遠くの空が再び翳り出している。その光景はゆっくりと日常を蝕む不安のように、清司の胸の内にひたひたと浸潤していった。
繰り返し見るうちに、清司もそれが夢であることを最初から確信できるようになっていた。怖ろしげな黒髪はいまや一間分は伸び、悶える足先を今にも捕えそうである。
喘ぎ声はいっそう甲高く、また今までにない悲痛な色を帯び始めていた。
清司は焦っていた。なんとか助けなくては、そう思うのに、その方法が判らない。
『ひっ、ひぃぃー、も、もう、堪忍し……』
苦しみ悶える声に、時折混じる甘い悲鳴が清司の鼓膜を打ち、焦る心とは裏腹に、下腹部が熱くたぎる。
一体誰が、あの者をあそこまで追いつめているのか――。
恐怖はいつしか、烈しい焦燥と苛立ちに変わりつつあった。

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