第二章

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 海沿いの高台にあるそのラブホテルは、遠い海原を見渡すのに格好の場所に位置していた。  建物も新しくて綺麗だし、派手すぎることもない。そのうえ案内表示には「全室、ベッドから日の出がご覧頂けます」などと書かれていて、夏のピーク時にはかなりの人気ホテルになりそうだ。  でも、いまはガラガラ。  ただそれは、季節のせいというよりも、まだ午後の2時前という時間のせいなのかもしれない。こんな時間からこんなところに来る人なんているのかしらと思ったけれど、すでに数室は埋まっているのだから、同じようなことを考えるカップルは他にもいるらしい。  部屋に入り、荷物を置くやいなや、響はさっそくあたしに手を伸ばしてきた。  その手を押さえつけ、バスルームへと追い立てる。  不満いっぱいの表情を浮かべた響は、脱いだ服を放り投げて、バスルームへと入っていった。  どうしてこう見境がないんだろう。  脂ぎった感じはしないけど、欲しいものは欲しい、したいものはしたいという響は、かなりマイペース、というより我が侭、というよりまるで子供だ。  彼の脱ぎ散らかした服を拾い上げハンガーに掛けてあげた。  そして、あらためて部屋の中を見渡す。  この部屋の配置は普通と変わっていて、一般的には奥側に置かれることの多いベッドが、ここでは窓にぴったり張り付くように置かれていた。  ベッドの上に膝を突いてカーテンを開けると、配置の意味はすぐに分かった。厚く大きな窓硝子の向こう側には、青い空と雄大な海原が広がっている。ようするに海を見ながらデキるということだ。  ホテルの案内表示はこのことを言ってたんだと納得した。たぶん、全室が同じ作りになっているのだろう。日の出だけでなく夜の海や星空を見ながらスルことだってできそう。これ見よがしに、ベッドサイドにおっきな鏡が嵌めこまれているラブホテルなんかより百倍素敵だ。  でもただ一つ、気になることもある。今のように日の高い時間だと明るすぎることだ。カーテンはあるけどいわゆる遮光カーテンではなく、閉めたとしてもかなり明るい。景色を眺める工夫はされていても、外からの光を遮ることなどろくに考えられていないらしい。  もっともそんなことを気にするなら最初からこのホテルじゃなくてもいいわけだし、光が問題になるのは昼の時間帯だけだから、これはこれでいいのだろうけど……。  潮風でくしゃくしゃになった髪を整え、アップに纏めていると、シャワーの音が止まり響が上がってきた。 「さっぱりしたぁ~」  頭からバスタオルを被り、豪快に濡れた髪を拭いている。  響にはそのうちムードというものを教えなきゃ。そんなことを思いながら、入れ替わりにバスルームへと向かった。  あたしがシャワーを浴び終えて上がってくると、響はベッド際の窓から海を眺めていた。 「すごいねここ、こんなに眺めがいいと思わなかったよ」  なんかはしゃいでる。  手招きされてベッドに上がると、響は窓の横のほうを指さした。 「ほら、あそこ、さっき遠かったカイトサーフィンがここだとすぐ近くだ」 「どこ?」  四つん這いになって窓硝子に顔を寄せる。  同じ海岸線のため、窓の近くで横の方を覗き込まなければ見えないのだけど、たしかにさっき見えたパラグライダーのような凧がすぐ近くの空中で揺れてる。 「わ、転んだ」響が言うと同時に、 「きゃっ」あたしは小さな悲鳴をあげた。  タイミング良くあたしたちの目の前で、波に乗っていた人が転び、凧がきりもみ状態で落ちていく。そしてそのまま波間に消えた。 「わぁ、波、高いし、あれは大変そうだね」 「なんか可愛そう」  そう言いながらも、思わず笑ってしまった。 「沈んだカイトを浜に引き上げるのって、力が要りそうだよね」  響の手が伸び、優しく抱き寄せられた。 「うん」と頷きながら体を預ける。  顔を覗き込まれて、微笑みが消える。  唇と唇が重なり合う。  そして同時に彼の掌が、バスローブの上から膨らみを揉み上げた。 「んふ……」  口を塞がれたまま甘く喘いだ。  響の指はリズミカルに胸を弄び始めている。 「慌てないで、まだカーテンが開いたままだわ」  唇を離して言っても、 「いいよ、ここなら誰も見られないし」  取り合ってくれない。 「そういう問題じゃない」  なおも言った。  そうじゃなくても明るい場所で抱かれるのは恥ずかしくて苦手なのに、誰にも見られないとはいえ、外の景色が丸見えの状態では落ち着いてできない。  ところが、浜辺と駐車場、そしてホテルに着いてすぐと三度もお預けを食らった響は、今回は簡単に言うことを聞きそうになかった。 「何度も焦らされて、もう止まらないよ。カーテンなんかいいだろ」  意地になってる。  とはいえ、なし崩しにこのままするなんて我慢できない。  あたしは作戦を変えることにした。  できるだけ切なそうに困った顔をしてみせる。そして響の耳元に唇を寄せた。 「焦らしたんじゃないよ。したかったのは響だけじゃないもん。だから我が侭を言わないで。カーテンを閉めるだけでいいの、お願い」  うんと甘えた声で囁いてやった。  効果はてきめん。 「しかたないなぁ」とか言いながら、響はカーテンを閉めてくれた。  真っ暗とは言えないものの、表情がかろうじて分かるくらいには部屋の中が暗くなる。  ベッドの上では翻弄されっぱなしだったあたしが、うまく響を操縦できたように感じて嬉しくなった瞬間だった。  なんだ、意外と可愛いところもあるんだ。  しかし、この、お伽噺の王子様の血を引く小悪魔?は、それほど甘くはなかった。  薄闇に包まれたベッドの上でバスローブを開き、ショーツ一枚の姿にさせると、今度はなかなかあたしの体に触れようとはしない。体に覆い被さるような姿勢で、あたしの体のラインをじっと見つめ回しているだけだ。  すぐ間近で彼の吐く淡い吐息が、肌の上を這い回ってる。  肩口から脇腹、お腹、お臍の辺りを通って胸の頂へ……。  吐息のくすぐったさと、視線に晒される恥ずかしさが綯い交ぜになって、あたしはもじりと体を揺らした。  その瞬間、響の長い舌が伸びて胸の突起を捕らえた。 「ぁはん……」  その瞬間、まるで電気が走ったように体が震え、自分のものとは思えないような艶めかしい声を漏らしてしまった。  柔らかな膨らみの先端が、自分でもすごく硬くなってるのがわかる。 「やだ、もぉっ……」  恥ずかしくて、縋りついてしまおうと手を伸ばすと、響はその手を掴んだ。  体の両脇のシーツに押しつけてあたしの自由を奪う。 「ほら、ダメだよ。慌てないでっていったのは奈緒だろ?」 「だって……」  洒落た切り返しの言葉が浮かばない。  さっき響に言ったのは嘘じゃない。浜辺と駐車場、あたしの体だって二度もお預けをされて敏感になってるのだ。さぁこれからというところで焦らされると、本当に切ない気持ちになる。  これって仕返しなのかも、とあたしは思った。  たっぷり唾液を乗せた舌が、胸の頂きから下へ這い下り、お臍の脇を通ってさらに下へおりていく。  そのころには、彼が手放すことで自由になった手を口元に当て、あたしは軽く指先を噛み、焦れったさに耐えていた。  響があたしに触れているのは、伸ばした舌先だけ。それが触れる一点だけにあたしの全神経が集中し、鋭敏に研ぎ澄まされていく。  やがて、舌先がショーツの縁に触れると、響は顔を上げた。 「これ、もう脱がしてもいい?」  意地悪に聞いてくる。  そんなの聞かないで早く脱がしてよ、と思いながら小さく頷いた。  指先がショーツにかかる。あたしは腰を浮かしてそれを助けた。  引き下げられたショーツが足首から外されると、あたしの興奮のボルテージは最高潮に達していた。  次に響が舐めたのは腰骨の辺り、そこからVラインに沿って舌を這わせる。 「ぁ、ぁぁ……」  腰を捩りながら、思わず声が漏れてしまう。 「ここ、気持ちいい?」  響に言われて、あたしはただコクコクと人形のように頷いた。  太股のつけ根のこんな所に自分の性感帯があったなんて、今の今まで知らなかった。  響は、舌を伸ばしてVラインの根元まで舐めると、さらにもう片方の腰骨へと舌先を移動させる。 「ゃ……もぉ、焦らさないで……」  あたしは思わずそう叫んでいた。  すると、響は舐めるのをやめて顔を上げた。 「やっと言ったね」  なんかすっごく嬉しそうな顔。 「もぉっ、意地悪なんだからぁ」  泣きそうな声で言った。 「もっと早くギブアップすると思ったんだけど、意外と我慢強いんだ」  勝手なことを言いながら、添い寝の体勢で体を横たえてくる。 「もうちょっとで僕が我慢できなくなるとこだったよ」  響は枕元に手を伸ばして避妊具を取り、素早くそれを装着した。  まるで流れるように鮮やかな手さばき。  そして準備万端整うと、あたしの片脚だけ持ち上げて、腰を横に捻らせようとした。 「どうするの?」  あたしが聞くと、 「こうすると二人とも楽だろ?」  そう言いながら、響は、横向きになって片脚だけ曲げたあたしの上に覆い被さってきた。 「ぁ……」  響のものがあたしの入り口に当たる。  さらに彼が身体全体をスライドさせて迫り上がらせると、それがあたしを押し分けて入ってくるのを感じた。 「はぁ、ぁぁん……」  一度も触られてもいないのに、あたしはもう、それを受け入れるのに充分なほど潤っていた。  ゆっくり、ゆっくり、彼が動くたびに、溶けてしまいそうなほどの悦びがあたしの体を駆けめぐっていく。 「気持ちいい?」響が聞いてくる。 「ぁ……、いい……、とっても……」  あたしは答えた。  彼がスローに腰を揺らすたび、思わず声が漏れてしまう。  二人が横に並んでするこういう体位はあまり経験がないけど、体勢が楽だし、結合が浅くて激しくない分、緩やかに長く気持ちよくて悪くないかも。 「じゃあ、そろそろいいかな」  すっかり天にも昇る状態のあたしを見ながら、響が呟いた。  何がいいのかさっぱりわからない。というよりも、いまはそれどころじゃない。  すると、突然、 「質問タ~イム」  悪戯な口調で響が言った。
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