第二章

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「………!?」  あたしは、とろけきった顔で響を見た。  背後から添い寝をするような体勢で脚に脚を絡めた響は、片手で体を支えてあたしを覗き込んでる。もちろん二人は繋がったまま。この体勢で響がゆるゆると腰を揺らすと、今も溶けそうなほどの悦びが、あたしの中を駆け上がってくる。 「質問タイムだよ。言ったよね?答えて欲しいことを3つ、何でも答えるって」  なに言ってんのこの人、とあたしは思った。  この期に及んで、今のこのあたしに何を答えさせようというの?  っていうか、いまこの状態で答えられるわけがない。 「ねっ、聞いてる?奈緒」  そう言いながら、一二度強く腰をぶつけてくる。 「っあ……、ゃん……、やめて……。こんなときに……」 「ダメ、ちゃんと答えなきゃ許さない」  なんであたしがあなたに許してもらわなきゃならないのよ。そう言いたくても、強く腰を揺らされると、そんなことどうでもよくなる。 「わかった?」  そう言いながら腰の動きを緩めた響に、あたしはコクッと頷いてみせた。 「じゃあ一つ目、聞くよ。奈緒の一番好きな食べ物は、何?」  なんなのそれ?とあたしは思った。  こんな状態で、どんなエッチな質問をされるのかと期待、あ、ううん、警戒してたのに、一番好きな食べ物って、そんなのどうでもいいじゃない。 「一番好きな、だよ、ちゃんとよく考えて」  そう言いながら、響は、あたしの後ろにくっついたまま体を丸め、胸の突起を口にふくんだ。柔らかくした舌先が、硬くなったそれを転がす。 「ぁぁん……」  同時にゆるゆると腰を揺らされると、もはやあたしは何も言えなくなる。  しゃべれないというより、頭が真っ白になって何も考えられないのだ。 「ほら、いってごらん、奈緒……」  やだ、なんか口調まで変わってきた気がする。 「い、いちご……ぁ、……」  もう何でもいい。思いついたままを口にした。 「へぇ、苺なんだ。苺といえばさ、この、奈緒の木苺も、とっても熟れて美味しそうだよね」  勝手なことを言いながら、響はもういちど胸の突起を口にふくんだ。  でも、こんどは転がすんじゃなく、柔らかく歯を立てる。  そしてまるで木苺を摘み取ろうとするかのように、クンと引っ張った。 「ぁうっ……」  甘い痛みが広がり、あたしは小さく仰け反った。  もともと胸は弱いんだけど、甘噛みされるといっそう感じてしまう。 「じゃあ二つ目、いくよ。奈緒の一番好きな花は……」 「ガーベラ……」  言われると同時にあたしは答えた。  好きな花はいっぱいあるけどガーベラが一番。  たった今そう決めた。  一方、即答したあたしに響はなんか不満そうだった。 「ふぅん」とか言いながら、あたしの表情を眺めてる。  でも、そんなの知らない。意地悪な響が悪いんだから。  そのあと響は、あたしの曲げた方の脚を手にとって、片脚だけ大きく上にあげさせた。  そのまま体を起こして腰を突き出されると、密着感がいっそう深くなる。 「ひッ、ぁぁん……」  啜り泣くように喘いだ。  このまま、速く、強く突いて欲しい。  このままじゃ、おかしくなっちゃう。  響は、繋がったまま、あげさせた脚をクルリと回し、あたしを仰向けの姿勢にした。そしてそのまま覆い被さってくる。  普通のエッチの形。いわゆる正常位って体勢だ。 「じゃあ最後の質問、いくよ。奈緒の、一番好きな人は?」  そのとき、やっとわかった。  響が何をしたかったのか、あたしに何を言わせたかったのか。  そして、なんかすっごく頭に来た。 「なんなの、それっ……?」  泣きそうな声で言った。 「言ってよ。なんでも答えてくれるって言ったじゃないか」  駄々っ子のような、でもどこか切実な口調。 「卑怯よ、こんなときに、そんなの……」 「こんなときだから聞いてるんだろ?」 「そう言う意味じゃない!」  あとになって振り返れば、何もしゃべれないと思っていても、しゃべろうと思えばけっこうしゃべれるんだ。なんて思ったりもする。  でも、そのときのあたしは必死だった。 「ひどいよ、なんであたしから先に言わせようとするの?どうして響から言ってくれないの?」  泣きそうな声、というよりも、もうあたしは完全に泣いていた。 「何度も言ったじゃないか」 「言ってない!」あたしは叫んだ。「一度もちゃんと言ってないよ。いつも曖昧な言いかたで、そんなんじゃわからないッ!ちゃんと、はっきりと、シンプルに、分かりやすく!響から先に言って欲しいのに、そんなこともわからないの?」  響が好きだと言って欲しいなら、愛していると言って欲しいなら、何度だって言ってあげる。  でも、最初は、最初の一回だけは響から言って欲しかった。  響にのし掛かられた体勢のまま、あたしは手で顔を隠して泣いた。  悲しいと言うより悔しかった、なんでこんなことを言わなくちゃいけないんだろう。  響は黙っていた。  そして小さく「ごめん」と言った。 「奈緒が、そんなふうに思ってるなんて知らなかった」 「女の子なら、誰だって同じよ」  あたしが吐き捨てるように言うと、響はふたたび口を閉ざした。  そして少しして、 「愛してる」  恐る恐るといった感じで言った。  あたしは、顔を隠していた手をずらして、チラっと響を見た。 「好きだよ。世界で一番好き。愛してる。惚れてる。ぞっこんだ……、それから……」  一気にまくしたてる。 「もういい」  そう言って彼を止めると、顔を隠していた手をどけて、真っ直ぐに響を見た。  そして、「バカ」と言いながら、彼の首に手を回し、ギュッと抱きついた。 「私も、愛してる」響の耳元に一度そう囁くと、唇に唇を押し当てた。  すぐに響も、あたしの体を抱きしめてくる。  啄むような長いキス。  そして、やっと唇を離して見つめ合ったとき、ほとんど同時に「愛してる」と言いそうになって、ふたりして笑った 「ごめん」 「ううん、いいの。ちゃんと、響から先に言ってくれたから」 「なんか、怖かった」 「怖いって?」 「ちゃんと言葉にするのが。奈緒の気持ちがわからなかったし」 「そんなの、私だって同じだわ」 「そうだよね」  しょげた顔をしている響がたまらなく愛しかった。  ほんとうに響って子供なんだ。  子供みたいにナイーブで繊細。  するとそのとき、あたしにのし掛かったままの体勢だった響が、「あれ?」と小さく言って、お腹の方を見下ろした。  つられてあたしも下を見る。 「なんか、しぼんじゃったみたい」  言われて、思わず吹き出してしまった。  あたしだって、あんなに切実に盛り上がった興奮がどこかに消えてしまっている。 「ね、もういっかい、最初からしよっ」  チュッと軽くキスをして言った。  響は「うん」と頷いて、あたしの上から退いた。  二人の下でくしゃくしゃになったバスローブを横によけ、シーツの上に向き合って座る。  そして、互いに顔だけを突きだして、唇を重ねた。  舌と舌をからめ、求め合う、深く長いキス。  やがて、どちらからとなく相手の体に手を伸ばし、引き寄せ合い、抱き合い、そしてシーツの上に崩れ落ちた。  いちど引いていった波が、ふたたび押し寄せてくるのを感じた。  前よりも高く、もっと激しい波。  こんどの響は少しも焦らしたりしなかった。  あたしの欲しいところを、やさしく、そして激しくしてくれた。  唇に、胸に、お腹に、そして、いちばん柔らかな部分に唇と舌の感触を感じて、あたしは啜り泣くように彼の名を呼んだ。 「もぉダメ、きて……」  ねだると、響がゆっくりと入ってきた。  あたしはただ、壊れたCDプレーヤーのように、何度も「好き」と繰り返していた。 -----  感じる度合いって、きっと心と体の乗数なんだ。  すべてが終わったあと、響の腕の中でそんなことを考えていた。  感じすぎるくらい感じてしまったお持ち帰りの夜。でも、あの夜が霞んでしまうくらい、今日の響は素敵だった。 『浅倉ってさ、男性経験は豊富なくせに、恋愛経験は希薄なのよね』  朱美さんが言った言葉。  その言葉が意味することが、少しわかった気がした。  でもそれは、あたし以上に響に当てはまるんじゃないのだろうか。  あんなに上手すぎるほど上手なのに、こと男女の機微となると同年代の男の子よりもかなり遅れているような気がする。  このアンバランスはどこからきてるんだろう?  そして、疑問はもう一つある。  なんであたしだったのかってこと。  もちろん、あたしだってそれなりに容姿には自信があるし、かなり男の目を引くほうだと思う。まあちょっと気が強かったり、天の邪鬼だったりはするけど、年下の子に憧れてたといわれることについては不思議はない。  でも響なら、あたしじゃなくても、もっと他の人を選んでもうまくいくはず。  もちろん人には好みがあるのだから、あたしが彼の好みにぴったりだったのかもしれない。でも、まだろくに話もしていないうちから、あんなに真っ直ぐに言い寄ってきた理由がわからない。  でも、いまは考えるのをやめよう。  響の裸の胸に、頬を寄せながら思った。  今日は、響とあたしが気持ちを確かめ合った、大切な記念日なのだから。
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