Interlude ー 安藤 奈津美 ー

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 シャワーから戻ると、部屋は、ダウンライトだけを残して明かりがすべて消されていた。  薄明かりの中、浮かび上がるベッドの上に響がいた。  近づくと、羽布団の片側をはね上げて中へと誘う。  ボクサーパンツ一枚の格好だった。  私は、バスローブを脱ぎ、彼の隣へと体を滑り込ませた。  身につけているのは、レースのキャミとショーツ。  高辻との夜のために身につけた、エレガントな雰囲気の下着だ。 「なんか、緊張してきちゃった」  戯けて言うと、 「だいじょうぶ、僕にまかせて」  響は穏やかに笑った。  こんな場面に至ってもまったく気負いを感じさせない口調は、ほんとうに彼に何もかもをまかせてしまいたくなる。  仰向けになった上に、覆いかぶさるように彼の顔が近づいてくる。  私は静かに瞳を閉じた。  はじめ柔らかく、くすぐるようにはじまったキスは、やがて深く情熱的に変わっていく。今回は、私も、ただ受け身なだけじゃなく、導かれるままに彼を求めた。舌と舌とを絡ませ合い交互に吸い合う。ひとつのキスの中にドラマがあって、互いに求め合い、焦らし合い、高め合う。 「ん、ふっ……」  この時点でもうすでに、私の息は上がっていた。  彼の背にまわした腕に切なく力がこもる。  始まりのキスが終わると、彼は唇を放して私を見下ろした。 「泣いたから、目が腫れてない?」  薄暗がりの中で見つめ合う視線が恥ずかしくて、私は瞳をそらした。 「ぜんぜん」と響は、首筋にキスを落とした。  続いてキャミを脱がされる。  淡い明かりの中に、白い乳房がうっすらと浮かび上がった。 「あんまりみないで」 「どうして?こんなに、きれいなのに」 「小さくて恥ずかしいもん」  チラリと自分の胸を見た。 「そう?これくらいがいいよ」  響はそう言ってくれたけど、そうでなくてもあまりボリュームのない胸だから、仰向けになるとさらにちいさく見えてしまう。  白くなだらかな頂には、ピンク色がもうすでにツンと頭をもたげていた。 「それに、色や形もすごくきれいだし」  彼は、私が硬くしたそこに顔を寄せて、唇でそれを摘んだ。 「ぁ……」  摘み取るようにやさしく吸い上げられ、小さく声を漏らした。 「感度も抜群、みたいだし」  そう言いながら、もういちど顔を見る。 「もぉ、やっぱり意地悪」  私は、困った顔で彼を睨んだ。  ほんの軽く吸われただけで声を漏らしてしまうなんて、もともと感じやすい胸だけど、いまは、それ以上に敏感になっている気がした。あまりに多くのことのあった夜、立て続けの緊張と興奮が解けはじめると、今度はそれが別の昂ぶりとなって私の体を煽っている。 「意地悪は、だめ?」  空いた手を伸ばし、ピンクの膨らみを摘んだ。  幼子が遊ぶように小さく縒る。  そして、上目遣いに私の表情をうかがいながら、さらに力を込めてきた。  硬くて柔らかいそれが、指の腹で磨り潰される。 「……ぁん……」  どう答えていいかわからない。  甘い痛みと、切ない悦びが私の中に滲み出してくる。  強張った体が身動ぎ、シーツが縒れる音がした。 「だめなら、やめる?」  痛みと気持ちよさが半分半分、すごく意地悪な触りかた。 「やめないで……」  儚く喘ぎながら私は言った。  このまま、溶けてしまいそうだった。キスと胸への愛撫だけでこんなに感じてしまったら、これから先はどうなってしまうのだろう。  響はベッドの上で身を屈め、ショーツを脱がしてくれた。  最後に一枚残った布が引き抜かれると、形よく手入れをされた茂みが彼の面前に露わになる。  彼はお腹にキスをくれた。  キスはさらに下へと場所を変えていく。  この先、彼がなにをしてくれようとしてるのかは、すぐにわかった。 「待って」  髪に触れて言うと、響は動きを止め、顔を上げた。 「明かり、消してくれない」  ねだるように言った。 「真っ暗になっちゃうよ」 「いいの、そのほうが、なにも考えずにできるから」  暗がりでの行為が好きなわけじゃない。ただ、そのときの私は、他のすべてを忘れて彼に溺れたかった。お行儀のよい理屈じゃない。自分が欲するままに、彼にすべて委ねたかった。それには、いっそなにも見えない方がいい。そう思ったのだ。  私の願い通り、響は、残りのダウンライトをすべて消してくれた。  窓のない部屋は、すべての明かりがなくなると、漆黒といえるほどの暗闇に包まれる。  液晶テレビの小さなLEDがなければ、上下左右すら覚束なくなるほどだ。  そして響は、続きを始めた。  暗がりの中、私の両脚の間に体を割り込ませてくる。  ふたたび胸からお臍を通ってさらにその下へ、唇と舌を使って、丹念に愛撫を繰り返し、やがて彼は、私が待ち望んでいた場所にたどりついた。  私の体の、いちばん柔らかな場所。  舌がそこを舐め上げた。  体に熱い衝撃が走った。 「ぁ、はぁん……」  自分でも驚くような艶めかしい声。  響の舌使いは巧みで、正確だった。まるで触診するかのように、舌先でいろいろな場所の反応を確かめたあと、私の感じる場所を少しだけ外して攻めてくる。この、少しだけ外されるのがとても切ない。ただ外すだけじゃなく、焦れきった私が声をあげると、不意打ちのように欲しい場所を突然攻めたりもする。そして、そうやって翻弄され続けると、しだいに声をこらえることなんてどうでもよくなってくる。  目を開けているのか、閉じているのかわからなくなるほどの漆黒の闇の中、感覚のすべてが響の舌が触れる一点だけに集中し、彼の舌のほんの微細な動きにも、私は反応し、声をあげた。  そんな私の変化を敏感に捕らえ、やがて響は焦らすのをやめた。そして、一気に追い詰めにかかる。  彼がその気になれば、それはあっという間だった。 「あッ…だめ……あん……ぃくッ……っちゃうッ!」  闇の中に、譫言のように啜り泣く声が響いた。  私は、彼の舌によって、その夜最初の頂へと導かれた。 ----- 「ふぅ……」  小さく熱い溜息をつく。  オフィスのお昼休み、食べかけのランチボックスの前。  首を伸ばして机の方を見ると、浅倉さんは、まだ電話の相手を続けている。  私は、用意していたお茶を取り上げ、ひとくちだけ飲んだ。  思い出さないようにしていたことまで思い出してしまったせいで、とても恥ずかしくて、落ち着かない気持ちになっていた。  あの後、私たちふたりは、さまざまに体を入れ替えて愛し合った。もちろん、すべては響のリードによるものだったけど、翻弄されながらもはっきりと私は彼を求めていた。  いまになれば、自分があれほど大胆に、激しくなれたことが信じられない。  きっとそれは、響が上手だっただけでなく、私の体と心、すべてのピークが重なり合ったのだろう。  私にだって、一度くらい、あんな夜があってもいい。  いまもそう思ってる。 「もぉっ、ちっとも要領をえないんですよね」  電話を終えて浅倉さんが戻ってきた。  うんざりした顔をしてる。 「誰だったの?」 「関西の総務なんですけど、明日の専務の出張スケジュールを変更して欲しいって。午前中にも予定が入ってるんだから、新幹線の都合だってあるのに」  顔をしかめている浅倉さんを見て、 「怒りながら食べて、喉に詰まらせないでね」  クスリと笑った。  そして、 「そうだ」  と、テーブルを立ち上がった。 「どうしたんですか?」  浅倉さんが不思議そうな顔をしてる。 「うん、ちょっと」  テーブルを離れ自分の机に戻ると、置いてあったショルダーバッグから招待券を二枚取り出す。  ふたたびテーブルに戻り、浅倉さんにそれを差し出した。 「これ、よかったら彼と一緒に行って」 「なんですか?」招待券を受け取り、眺めてる。「写真展ですか?」 「うん、興味があればなんだけど、ぜひ彼とふたりで行って欲しいの」 「ありがとうございます。彼って絵とか好きだし、きっと写真も好きだと思うんですよね」 「よかった。有名な写真展だから、きっと彼も満足するんじゃないかな」 「でも、どうして奈津美さんが、これを?」  浅倉さんは小さく首を傾げた。 「うん、知り合いの人の写真が展示されてるの。だから」 「わあ、カメラマンのお知り合いがいるんですね」 「まだ駆け出し、だけどね」  小さく首をすくめた。 「なんておっしゃる方ですか?」 「槇野裕一」はっきりとした声で私は答えた。「コンテストの受賞作が展示されている場所があって、彼の写真はそこに展示されてるの」  特選として飾られた、輝く笑顔をした子供たちの写真。  それを見た響は、喜んでくれるだろうか。  チケットを眺める浅倉さんを見ながら、私はそんなことを考えていた。
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