第一章

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 あいかわらずシーツ一枚の格好でベッドに転がったまま、あたしは響の使うシャワーの音を聞いていた。  首筋に掻いた汗が冷え始めると、エアコンが少し強い気がしてくる。  まだ余韻の醒めやらぬ体を起こしてリモコンを探した。  リモコンはソファと対で置かれたテーブルの上にあった。  ベッドを下り、部屋着代わりのバスローブに袖を通す。  リモコンを取り上げ、設定温度を下げた。  ふと目をやると、ソファの上には二人が脱いだ服が放り投げられていた。  もっとも、あたしについて言えば「脱いだ」のではなく「脱がされた」と言うのが正しいわけで、服をソファに放り投げたのも彼のしたことだ。それが証拠に、あたしのお気に入りのスーツがソファの上でくしゃくしゃに折り重なっている。  そればかりか一番上には、かろうじて引っかかるような形でショーツが乗っかっていた。  ベッドで脱がして、そこから放り投げたに違いない。 「なんなのよ、もぉっ」  最低だ、とあたしは思った。  デリカシーゼロ!というか、女の子とエッチする上での基本的なマナーがなってない。いつものあたしなら、相手の男がそんなことをした段階で即座に行為を中断させて、きちんと謝るまで指一本触れさせなかったかもしれない。  とはいえ、脱がされたショーツがこんなふうに放り投げられたことなんて、あのとき、あたしは気づきもしなかった。  つまり、それくらい切羽詰まっていたということだ。 -----  ショットバーを出てホテルに入ると、ドアの近くに立ったまま彼は唇を求めてきた。  仕草は優しかったけど有無を言わさぬ力で、あたしを壁に押しつけて唇に舌を這わせてきた。内側をくすぐるような舌の動きに顎が上がり、熱い吐息が漏れると、その隙間をぬって舌先が滑り込んでくる。  舌と舌とが絡まり、唾液が混ざり合う。  くちゅくちゅと漏れる音とぬめる舌先の感触が官能的で、興奮が一気に高まっていく。  でも彼はといえば、それ以上少しも先を急ぐ素振りを見せなかった。  巧みに舌を蠢かせながらも、あくまでゆっくりと咥内の愛撫を続けてくる。  この子慣れてる、とあたしは思った。  キスの上手さもあるけど、なによりこの状況で少しも慌てた素振りがなく、しっかりとあたしの反応を伺ってる。  擦れ合う舌先が気持ちよくて深く絡めようとすると、はぐらかすようにスッと舌を引く。それを追って伸ばした舌を唇で咥え、強く吸い上げる。 「ん、んっ……」  そのとき初めて、あたしは鼻の奥で甘く啼いた。  自分でも驚くくらいの甘えた喘ぎ声だった。  すると彼は、あたしの体を壁に押しつけたまま、片脚を内股に滑り込ませてきた。  スカートが押し上げられ、彼の太腿が両脚の根もとに押し当てられる。  さらに強く太腿が擦りつけられると、ストッキングとショーツの上から圧迫された柔らかな部分に、甘く焦れったい感覚が巻き起こる。 「ん……」  唇はまだ塞がれたまま。  上着の前を押し開いた指先が、シャツの上からブラをずらしにかかってる。  巧みな指の動きでブラを乳房の上まで押し上げると、響はやっと唇を離した。  上半身を少しだけ離して、胸元に視線を落とす。 「ほらここ、こんなに尖らせて、すっごいイヤらしい」  目の前に迫った響の顔が、上目遣いに悪戯な笑みを浮かべた。  壁に体を押しつけられた体勢は、自然と胸を張る格好になる。ブラをずらされたシャツには、くっきりと二つの突起が浮かび上がってる。 「やめて、こんなの。スーツがシワになっちゃうじゃない」  クールに言ったつもりが、声が上ずってた。 「いいよ。どうせ明日は休みだし」  いいよって!シワだらけの服で朝帰りするのはあたしなのよ!  そう言おうとした直前、彼の指がシャツの膨らみに伸びた。  爪の先で、ツンと浮かび上がった突起を引っかく。 「ぁん……」  不意を突かれて小さく喘いでしまう。 「スーツ姿の浅倉さんに憧れてたんだから、簡単に脱がすのはもったいないよ」  カリカリと爪の先が、尖ったシャツの生地を引っかいた。  両脚の間にねじ込まれた太股は、あいかわらず押し上げるように付け根を圧迫している。  服の上から与えられるもどかしい快感に、あたしは首を縮めて顔をうつむかせた。 「それに、こうしてると、会社でしてるみたいで興奮するしね」  勝手なことを言いながら、うつむいたあたしの髪を唇でかき上げ、耳朶に舌を挿し入れてくる。 「ぁぁ……」  あたしは小さく震えながら甘い声を漏らした。  その後、たっぷりと着衣のまま弄ばれ、ベッドの上でやっと最後のショーツを脱がして貰えたのだ。 -----  手にしたリモコンをテーブルに戻したあと、スーツの端に引っかかっていたショーツを手に取った。  思った通りクロッチのあたりがぐしょぐしょに濡れている。  身に着けたまま執拗な愛撫を受けたのだから当然のことだ。  布地越しに捏ねたり、谷間に食い込ませ引き上げたりと、響の手に掛かると、ただの下着がとても刺激的なセックスの道具に変わった。こんな形で抱かれるなんて初めての経験だ。  あたしは、男性経験がまあまあ多い方だと思う。でも今まで抱かれた男の中には、こんな露骨にエッチなセックスを仕掛けてくる人は誰一人いなかった。  理由の一つは、穏やかで優しい雰囲気の男性が好みだったことにある。長くつき合った人はみんな、まるで宝物を扱うかのように抱いてくれる人ばかりだった。  そしてもう一つは、気の強い性格にあると思う。  俺様っぽい男からアプローチされて何度かつき合いかけたこともあったけど、みんな途中で衝突して喧嘩別れになっている。あたしのようなタイプって、男の征服欲をくすぐるからか俺様クンの引きがよかったりするんだけど、駆け引きを楽しんでるうちはよくても、じゃじゃ馬を飼い慣らしてやろうという思惑が透けて見え始めると、意味もなく相手の言葉に逆らいたくなるのだ。  ショーツとブラを畳んでベッドの端に置き、上からストッキングで隠した。  スーツは、とりあえずシワを伸ばしてハンガーに掛けた。  並んで放り投げられていた響のスーツは放っておこうかととも思ったけど、さすがにそれも大人げないと思い直し、並べてハンガーに掛けてあげた。  ちょうどそのとき、シャワーを浴び終えた響がバスルームから姿を現した。  バスローブを身につけ、頭からバスタオルを被ってる。 「復活したんだ」  タオルの隙間からから片目だけを覗かせ、こちらを見た。 「だったら入ってくれば洗ってあげたのに」  事もなげに言う。  いきなりそんなこと、できると思っているのだろうか。 「お気持ちだけ戴いておくわ」  素っ気なく答えて、あたしは、彼と入れ違いにバスルームへと向かった。
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