第一章

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 シャワーを浴びて部屋に戻ると、響はバドワイザーを片手にテレビを見ていた。  流れているのは木村カエラのPV。  リルラリルハ  ケーブルテレビの音楽チャンネルかなにからしい。  アダルトビデオなんか見ていないところは、とりあえず合格点だ。 「木村カエラ、好きなの?」  画面を見つめる横顔を眺めながら、ソファの隣に腰を下ろす。  響は「まあね」と短く答えた。  あらためて明るい場所で見る彼の横顔は、やっぱり素敵だった。  真っ直ぐに通った鼻筋と形のいい唇のバランスが絶妙で、思わず見入ってしまう。  人形のような横顔。  シャープなラインの眉が、顔全体の印象を優しすぎないように引き締めているけど、眉を柔らかく整えてメイクをすれば、かなりの美少女でも通りそうなくらいだ。  響はちらりとあたしを見ると、 「はいこれ、奈緒の」  テーブルの上に置いてあったもう一本のバドワイザーを差し出した。  お礼を言って、受け取った缶を開ける。 「他には?どんな曲を聴くの?」  ひとくち飲みながら聞いた。 「ポルノとかミスチルとか、かな」  響は画面を見つめたまま答えた。  ありきたりと言えばありきたりだけど、音楽の趣味は合いそう。 「奈緒は?」と聞かれたので、 「私も同じかな。あと大塚愛ちゃんとか…」と答えた。  シャワー上がりのあたしが隣にいるのに、画面のカエラちゃんにご執心の彼には面白くなかったけど、じっと見つめる横顔にはキュンとくるものがある。シワだらけにされたスーツについてひとこと言ってやろうと思っていた気持ちは、いつの間にかしぼんでいた。  彼から少し離れて、手持ちぶさたにバドの缶に口をつけていると、やがて軽快なリフと共にPVが終わった。  すると突然画面から目を離し、響がこちらを向いた。 「じゃあさ、こんどコンサート行かない?チケット取るからさ」  ぼーっと横顔に見とれていたあたしは、不意をつかれて目をしばたたかせた。 「いい、けど」  口元にバドをあてたまま答える。 「けど、なに?」  顔を覗き込んでくる。 「なんでもない」  思わず目をそらした。  このとき、あたしは彼の気持ちを測りかねていた。  この子は本気であたしとつき合いたいと思ってるのだろうか?  憧れていたとは言われたけど、好きだと言われたわけじゃない。コンサートに行こうなどという言葉だって、この場の雰囲気が言わせた気まぐれかもしれない。 「なんでもないってなんだよ」  響は二人の間のスペースを詰めると、身を屈めて顔をくっつけてきた。  顔を逸らして逃げようとすると、身を乗り出して追いかけてくる。 「やめて、ビールがこぼれるじゃない」  眉をしかめてもお構いなしにあたしを見つめてる。 「奈緒は分かってないよ」  吐息が掛かるほどの距離で、彼は呟いた。 「分かってないって、なにが?」 「俺の気持ちだよ」  軽く睨むような視線に射抜かれて、鼓動が一気に跳ね上がった。  ショットバーでもそうだったのだけど、あたしは彼のこの手の表情に弱いらしい。  響の端正な顔に甘く睨まれると、身動きが取れなくなる。 「気持ちってなによ」 「気持ちは気持ちだよ。奈緒に対する俺の気持ち」 「そんなの、分からないわ」  駄々っ子のように言うと、彼は小さく溜息をついた。 「今夜こういうふうになって、奈緒が思ってるよりずっと嬉しいんだよ。俺」 「そんなこと……」分かるはずがないと言おうとした瞬間、「ん、っ……」あたしの答えを遮って彼が唇を重ねてきた。  彼の手が伸びて、あたしの手からビールを取り上げ、テーブルに置く。  そしてあらためて強く抱き寄せられる。  初め啄むように、そして擽るように動く唇を割って、やがて舌が滑り込んでくる。  あたしは、ゆっくりと瞳を閉じた。  そして、つけっぱなしのテレビから流れるPVをBGMに、ふたりはこの日一番長いキスをした。  響のキスは、やはり上手だった。  激しいけど優しくて、切ないくらいもどかしい。そしてなにより気持ちよかった。  柔らかくした舌を絡め合うと心と体のボルテージが一気に高まり、あたしは縋りつくように彼の背中に手を回した。  唇の隙間から漏れる水音、そして乱れて絡まる二人の吐息。  やがて彼が唇を離すと、二人の間に透明な唾液の糸が伝う。  瞳を潤ませ、息を荒くしながら、あたしは響の顔を見上げていた。 「一度抱いてみたかっただけじゃないの?」  甘えた声になってしまったけど、今はもうどうでもよかった。 「奈緒のこと?」  小さく頷いた。 「そ、抱いてみたかったんだ。でも一度じゃないよ。何度も、何度も、ずっと」  言いながら、彼はあたしのバスローブの胸元を広げた。  シャワーの火照りでほんのり桜色に上気した乳房がこぼれる。 「ぁ……」  柔らかくした舌と唇が立ち上がった乳首を捕らえる。  あたしは体を縮め小さく喘いだ。  彼の指先が伸びて、もう片方の乳首を摘み上げる。  乳首を潰すような指の動きに、痺れるような快感が背筋を這い上がった。  もっと話したかった。  もっと彼の言葉を、彼の気持ちを聞きたかったのに、  この日すでに高みを知っている体は、素直に彼の愛撫に反応してしまう。  力が抜けて、会話なんかどうでもよくなる。  乳首を口にふくんだまま、響がバスローブの帯を解いた。  襟元が大きく左右に押し開かれると、シャワー上がりの裸身が露わになる。 「ゃだ、明るい」  灯りを消して欲しくて甘えた声で言うと、彼は舌を動かすのをやめた。 「このままでいいよ。見ながらしたいんだ。奈緒の顔や、体や、全部」  そう言われるとなにも言い返せなかった。  このまま彼にすべてを委ねてしまいたいという気持ちになる。  明るい場所でのセックスは恥ずかしくて好きじゃない。でも、響が望むならそれに応えてあげたい。  チロチロと舌を動かしながら、胸元からお腹のほうへと唇が下りていく。  そしておへその辺りまで達したところで、彼はソファを下り、あたしの前に膝をついた。そして両膝に手を掛ける。  彼が何をしようとしているかはすぐに分かった。  あたしは小さく息を飲んだ。  思った通り、彼は閉じた両膝を持ち上げ、ゆっくりと左右に広げていった。  両脚をMの形に広げられ、あたしの全てが彼の目の前にさらけ出される。  ソファの背に押しつけられた体は、反り返らせることもできず、大きく顔を逸らすこともこともままならない。 「ゃ……」  泣きたいくらい恥ずかしい。 「綺麗だよ、奈緒」  言いながら響は、広げた内股に小さくキスをした。  こんな場面で誉められたからといって、どんな顔をしたらいいというのだろう。 「こんなの、恥ずかしいよ」  あたしが言うと、彼はクスリと笑った。 「奈緒って、ホントに恥ずかしがりなんだ」  明るい場所でじっくり見られるも恥ずかしいけど、それ以上にこの状況で会話を交わすことが恥ずかしい。あたしが何も答えられずにいると、「可愛いよ」と響はいきなりあたしのその唇にキスをした。 「ぁ、ん……」  ぴくりと体を震わせて喘いだ。  でもそれはいわゆるバードキス。唇をすぼめて軽く突っつくようにキスしてくれただけ。 「じゃあもう一度聞くよ。いいけど、なに?」 「え?」 「さっきコンサートに誘ったとき言ったよね?いいけどって。いいけど、なに?」 「そんなの……」  答えに詰まるあたしを見上げながら、彼はもういちど下の唇にキスをした。  今度は数回啄むように。  あたしは小さく喘ぎながら、焦れたように腰を左右に揺らした。 「答えないとこのままだよ」  すっごい意地悪。  でも、こういう意地悪は嫌いじゃない、かも。 「そんなの、憶えてない」 「ならもう一度聞くよ。コンサート、一緒に行こう?」  上目遣いの視線を感じて、あたしはただコクリと頷いた。  ふっと小さく彼の微笑む気配がした。  次の瞬間、彼の唇があたしの下の唇を捕らえた。 「ああ……っ」  焦らされた上に、突然与えられた刺激に、あたしは悲鳴に似た声を上げた。  そこを口でしてもらうのは初めてじゃない。でも、ベッドの上でならともかく、ソファに座ったままというのは初めての経験だった。  そのうえ部屋の灯りは点いたまま。  背もたれに体を押しつけられた状態で脚をM字に引き上げられると、背中も首も反らすことができず、自分の下半身を覗き込むような姿勢になる。そして、そこにキスする彼の口元がいやでも目に入ることになる。  前髪の向こうで伏せた長い睫毛、きれいに通った鼻筋の下で形のいい唇の間から伸びる舌先。 「あ……ぁぁ……」  その情景は限りなく淫靡で、あたしはすごく感じてしまっていた。  シャワーで洗い清めたばかりのそこは、もうすでに恥ずかしいほどの潤を湛えて、彼の舌の動きに合わせて淫らな水音を立ち上らせている。  唇にそえた人差し指を噛んで声を耐えようとしても、あふれる声を堪えることができない。  やがて、たっぷりと舌先であたしを鳴かせたのち、彼は立ち上がりバスローブの帯を解いた。 「今度は俺が座るから、奈緒が上になって」  そう言いながらバスローブを脱ぐと、響の全身が露わになった。  彼もまた、とても興奮していることが一目で分かった。  あたしは小さく頷いて彼にソファを譲った。  そして彼の体を跨ぐ。  うながされて手に取った彼は、とても硬くて、熱かった。  それを中心にあてがうと、あたしはゆっくりと腰を落としていった。
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