病棟を歩くひと

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 私は小さい頃から眠りが浅いことが多いので、人の足音がするとちゃんと「あ、誰かこっちに来る」と気付くのですが、この時はすぐに看護師さんの巡回なんだとわかりました。  部屋に入ってきた足音は奥のカーテンから順に様子を確認し、私のところにも顔を覗かせてから部屋を出ていきました。ちなみにこの病棟はすべてドアが開放してあり、人の出入りは空気の流れなどで感じられるような環境でした。  明け方に近付くと窓側の暖房が金属音を出します。知っている音は、特に怖くもなんともありません。でも、聞きなれない音や、想像はできるけど確かめようがない場所からする音には、不快感と不安感を同時に覚えます。  カーテン越しの患者さん達の苦しそうな咳の音、皮膚を掻く音、鼻をかむ音。視覚で確認できないそれらの音が、私の脳内では映像として再生されるのです。  でも、知らない音はそこだけ空白になります。  眠っているのにはっきりと意識がある状態。身体は動かないのに、人の出入りや立てる物音をひとつずつ頭の中で検証する状態。それは自宅で蕁麻疹に苦しんでいる時とはまた別の苦しさがありました。  それでもベッドに横になっていればいつの間にか意識を手放して眠ってしまう瞬間は必ずあります。睡眠の波に翻弄(ほんろう)されながら、私はまたとある物音で覚醒(かくせい)しました。  カラカラという滑車(かっしゃ)の音です。そして、ツヤツヤとしたビニールタイルを張った床を滑るように歩く、スリッパの音。さらに、「うぉっ」という声が、リズム正しく繰り返されているのです。
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