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長い廊下の端から始まったその得体の知れない声を発するお爺さんは、真夜中だというのに声を出しながら歩いています。
遠近感覚が働いて、細長い空間の奥から聞こえてくるその音だけを頼りに、私の脳内ではトイレの付近にいると判断しました。
―――トイレに入れば音は遠くなるはず。
その読み通り、一度は音が遮断されたので、ああ、トイレに行ったんだな、と思いました。でも、わりとすぐに廊下に戻ってきたその人は、再び「うぉっ」と声を発しながら、カラカラと滑車の音とスリッパの底を床に擦らせながら、歩いて来ます。
「うぉっ、うぉっ、うぉっ、うぉっ、うぉっ、うぉっ、うぉっ、うぉっ………」
カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ
ザッ、ザッ、シュッ、ザッ、ザッ、ザッ、シュッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、
明らかに、こちらに向かって来ています。
―――え?
私は、一瞬考えました。最初に聞いたときはもしかすると、向こう側に向かって歩いていたのかもしれない。病室はこちら側にあって、自分のベッドに戻って来ているのかもしれない、と。
せまってくる気配。息遣い。
一定速度を維持したままかなりの距離まで近付いてきました。
自分の病室の前を通るのかもしれない、と思ったら急にゾッとしたので、余計なことを考えるな、と一度冷静になるように舵を切ったのです。
その時です。
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