病棟を歩くひと

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病棟を歩くひと

 これは、私が実際に体験した恐怖です。  数年前の十一月初頭のある日。突然、全身を蕁麻疹に覆われた私は、地元で有名なアレルギー専門の総合病院に急遽入院することになりました。  案内された病室は四人部屋。私にあてがわれたベッドは、入口側の左手。  建物自体がとても古く、七階建ての五階が皮膚科病棟でした。  以前、この病院で長男を出産した経験があるのですが、婦人科の病棟とはまったく異なる雰囲気が漂っています。まるで古い障子の色褪せた紙に光を透したかのような黄ばんだ色を感じました。  皮膚科病棟には特有の匂いがあり、日常から隔離されたような閉塞感も相まって、そんな風に感じたのかもしれません。  問題の匂いというのが、病院にありがちな消毒液の匂いとはまた違う、なんとも言えない別種の薬品のような……。長い時間放置した汗の匂いというか、鼻の粘膜にこびりつくかび臭さにほんのり近い系の匂い。祖母と過ごした幼少期を思い出させる老人の皮膚から出る匂いといった、生き物が放つ一種独特の刺激はないけど確かに存在感がある匂いが全体的に漂っていました。  ―――ああ、むり。この空気、ちょっと無理だわ。  私はベッドの上で病院が用意した寝間着に着替えながら、早く退院したいと即座に考えました。  カーテンは全部閉められているので、他の患者さんの姿はまったく見えません。  狭い部屋が余計に狭く感じ、私も例に習ってカーテンを閉め、ベッドに横になりました。
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