恋煩い

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俺がイベント設営のバイトを選んだのは、単純に短期間で稼げて 時給もそこそこよく体力にも多少自信があったからだった。 社員ではない分、楽で時間に余裕があるかと思えば。 全然そんなことはなかった。 むしろきつい。精神的にも肉体的にも…俺の足腰は、すっかりジジイだ。 二人のために始めたはずのバイトが皮肉にも一層二人の時間を減らすとは…。 バイト先を選んでいる頃の自分に会えるなら全力で止めたい。 それでも俺は途中で投げ出すのは嫌だった。 ほんの少しだけ社会に関わっただけで里佳のすごさがわかる。 職種が違うと言ってしまえばそれまでだけど。 忙しく働いて眠る時間さえ少ない日だってあるのに。 今まで愚痴の一つも聞いたことがない。 (俺が学生だから言っても仕方ないと思ってるのかもしれないけど…) 里佳の部屋で一人待つより、何か二人のためにしたいと思ったんだ。 一応就業時間は、決まっているようで現場によっては、 開始が早朝だったり、深夜だったり日によってまちまちだ。 そのせいですれ違ってるわけだけど、今日は作業も早く終わったから、 一度家に帰ってシャワーを浴びてから里佳のマンションへ向かおう。 そんなことを考えていたらスマホのライン通知音がした。 「ねぇ、今度いつ会える?」 少しだけ見えた内容に里佳かと思えば… 違う。例の合コン女子じゃん。 いい加減名前覚えてやれよって友達は言うけど全く頭に入ってこない。 (確か猫みたいな名前だった気がする…) 全部読んでないけど、今度いつ会えるも何も。 二人だけで会ったことは一度もねぇだろ。 内心ツッコミながら、はたと相手を間違えたのかもしれん…と思う。 それを指摘するのも面倒だし放っておくか。 スマホをリュックにしまいかけてまた通知音がした。 「二人きりで会いたいな♡」 …間違ってないわ。俺宛だわ。 いらん確信をしたところで真面目な俺は、返事を返す。 彼女がいるから二人きりで会えないよ、ごめんね…と。 すると秒で返事が来た。…打つの、早すぎんだろ。 しかしもうそれには返事しない。 好意を持ってくれるのは、嬉しいけど正直面倒だ。 ラインのやり取りだってキャバクラや高級クラブの客なら、 喜んでくれるかもしれんが。 里佳以外の女性がどうでもいい俺には無意味だ。 自宅に帰ってささっとシャワーを浴びて身支度をすると、 会社員の帰宅ラッシュの時間にさしかかろうとしていた。 今夜は、金曜の夜だから残業せず、里佳も早く帰ってくるかもしれない。 地下鉄の乗り換えで里佳の会社の最寄りを通過するから。 運良く会えたら嬉しいけどそんなはずないよなー…。 そんな淡い期待をもっていたら改札に向かっている里佳の姿が見えた。 「あ、里佳。おつかれ…」 そう声をかけようとしてやめたのは、隣に男がいたからだ。 パーマがかった黒髪の、人懐っこい瞳。 背の変わらない俺と違ってすっぽり里佳を包み込めるくらい背が高い。 何かを話しているその様子から里佳を見る瞳は…。 好意のある男の瞳そのもの。 俺は、何故か見てはいけないものを見た気がしてすぐに後ろの柱に隠れた。 「里佳ちゃん」 馴れ馴れしく名前を呼ぶ、男の声。 それを里佳が許している相手…ってことか。 見たところ里佳と同世代って感じだけど。 学生でTシャツにデニム姿の俺とスーツの男。 俺は、今の自分をまじまじと見てしまう。 …こういうことかとわかった気がした。 里佳はずっと俺より年齢が上なのを気にしていたけど。 それは、里佳が女性だからかと思っていた。 歳を気にするのは、母親だって同じだし。 そういうものなんだと。 でもそうではなくて。 俺と同じ歳の女子には、里佳に取り戻せない時間と若さがあり、 俺からすれば里佳と同世代の男には、 いつ結婚を決めてもいいくらいの経済力と余裕がある。 今まで気づかなかったけどやばいのは、…俺じゃね? 俺だって同世代の女子なら、まだ呑気にしてていいかもしれないけど。 里佳は、もういつ結婚を決めてもおかしくない歳なわけで。 里佳の気持ち次第で俺は、…。 いてもたってもいられなくなった俺は、 もう姿の見えなくなった二人を追い駆け出した。
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