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会社を飛び出した私は、二人から見えないよう、ファミレスの駐車場から
後ろ手に回り、桃澤さんとは、柱を挟んで背中合わせになって様子を窺う。
二人の会話は、もう始まっていた。
「あれ? 会社この辺だったんだ」
「うん。そうだよ」
嬉しそうな桃澤さんの声。
「へぇ、そうなんだ。おつかれさま。早かったんだね」
「慌てて仕事、終わらせてきたんだ♪」
(終わってない、終わってない。放り出したの、間違いでしょ)
「日生くんは、こんなところでどうしたの?
会社の窓から見えたから美雨、急いで来ちゃった☆」
はしゃぐ声に甘えが滲んでる。
社内の男性が鼻の下を伸ばす、あの声…。
「人を待ってるんだ」
悟くんは彼女と言わず、人と言っただけなのに。
桃澤さんの声は一層甘くなった。
「やだぁ。それって美雨のこと?
やっと二人きりで会う気になってくれたの? 嬉しい☆」
「いや、ちげーし。俺は彼女を待ってるだけ。君じゃない」
ばっさりと否定する声には突き放す冷たさがある。
「またまたてれなくてもいいのに…」
桃澤さんは、さらに言い募るけど心底うんざりした感じで悟くんは続ける。
「何度も言ってるよね。俺にはつき合ってる彼女がいるって。
だから君と二人きりで会うことはできないって」
(ちゃんとはっきり言ってくれてたんだ…。良かった)
ホッと胸をなで下ろしていると桃澤さんが震える声で言う。
「聞いたよ。飲み会に一緒に来た佐藤くん達から」
佐藤くんっていうのは、悟くんの大学のお友達だ。
「なんて聞いたの」
「年上だってね。25歳? おばさんじゃん! 美雨の方が若いし、
可愛いじゃない! なんで好きになってくれないの!!」
(そんなことはわかってるけど、それを悟くんに言うの?)
桃澤さん、泣いてる…? なんで好きになってくれないのって…。
振り向いてもらえない苛立ちを好きな人にぶつけたって意味ないのに。
なんか手に入らない玩具を買ってもらえない子供みたいだ。
泣いている桃澤さんに悟くんは動揺したり、おろおろしている様子もなく、
困惑しているのか、それとも呆れているのか黙ってる。
声を上げて泣きだした桃澤さんに悟くんがやがて口を開いた。
「あのさ、君が好きなのは俺じゃないよね」
少し怒っているような声に私までビクッとしてしまう。
桃澤さんは、ピタリと泣きやんだのか急に静かになった。
そして悟くんは、ため息をついてこう言った。
「本当に君が好きなのは、兄貴だよね。――俺の」
は? 兄貴って… 克さん!?
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