恋煩い

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桃澤美雨にとって幸せというのは、一時の気まぐれに、 “与えられる”ものか“他人から奪う”もの… その二つだった。 普通が一番幸せ。 平凡こそが難しい。 (それは何となくわかる…) 健康な体に、雨露しのげる家があって、 着るものもあるし、ご飯だって食べられている。 だけどいつも何か足りなくて… 足りない何かを埋めようともがいていた。 普通や平凡の中に『家族』が入るのならば…。 父親のいないあたしは、普通や平凡から外れていることになる。 ―――あたしは実の父親を知らない。 母は、あたしを私生児として産んだ。 男好きで奔放で日本の婚姻制度で妻というのは、窮屈らしく、 母はあたしを妊娠しても未婚を貫いた。 自由でいたい母がなぜあたしを産んだのか。 単純に妻に収まるのは嫌でも、好きな人の子がほしかったらしい。 そんな母は高級クラブのママをしている。 若い頃は、銀座でホステスしていてブイブイ言わせたのだとか。 その頃の稼ぎを元手に店を始めた訳だけど。 それなりに繁盛し、今もこのご時世ながらも細々やっていて、 娘一人養えるくらいには、きちんと稼いで育ててもらった。 昔は母方の祖母もやってきてあたしにご飯を食べさせてくれたりとか、 あたしを寂しがらせないようにしてくれたけど。 それでもあたしは、やっぱり寂しかった。 幼稚園、小学生の頃は、保護者参加の行事もあるわけで、 子供とパパが参加するものは特に羨ましかった。 高校を卒業したあたしは、母の店を手伝うようになった。 お酒はまだ飲めないから裏方の食器洗いとかそういうのだけど…。 常連さんやお贔屓のお客さんには、あたしのことを知っている人もいて、 自分の娘や孫のようにお酒を片手に可愛がってくれた。 お触りとかは禁止だからそこら辺の線引きは、他のホステスの お姉さん達が間に入ったりして助けてくれたこともあった。 その母の店に、日生さんがやってきた。 取引先が常連さんだったとかで、日生さんは、 ホステスさんが隣に座るお店は、不慣れで少し緊張しているようだった。 だけど慣れないなりに、ホステスの姉さん達や黒服、 あたしにまでも丁寧に接してくれる人で…。 日生さんが来る日が楽しみになっていった。 聞こえてくる会話から日生さんがとても家族が好きで、 大切にしているのがわかって、この人だと思った。 あたしの心の、足りない何かを埋めてくれる人。 好きだと気づくのにそれほどの時間はかからなかった…。 お店のルールとしてお客さんを好きになってはいけないのだけど、 それでも好きになってゆく気持ちは、止められなかった。 いつかちゃんと話したいと思っていたら急に彼は店に来なくなった。 常連さんに聞くと担当が変わって、元々出張で東京に来ていて、 その時初めて日生さんが既婚者で神戸に住んでいると聞かされた。 (結婚指輪なんて全然チェックしてなかった…) 絶句するあたしに、ホステスの姉さんの一人が言ったの。 「やだ。そんなに落ち込まないで。日生さん、年の離れた弟がいるらしいよ」 「え…?」 「確か美雨ちゃんと同じ年頃だって」 「ホント!? 蝶姉さん!!」 あたしは、その弟のことを調べ、彼に近づいた。 学生の弟なら好きになってもいいよね…。 彼の弟なら、きっと足りない何かを埋めてくれる、と。 そう、勝手に期待して。
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