恋煩い

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桃澤美雨は、悟の見透かされているような言葉に黙りこんだ。 さっきまでの態度と違い、そんなことないもん!とわめき散らすことも、 むくれて怒っているような様子もない。 「何となく… 俺を通して別の誰かを見てるんじゃないかってさ」 「!」 そう言うと俯いていた美雨が顔を上げた。 その反応に悟は、ため息をつきながら続ける。 「やっぱなぁ…。兄貴のことだから浮気や不倫はないけど、一体どこで知り合ったの」 「…あたしのママのお店の、お客さん…だったの」 「客!? ちょ、どんなお店か聞いていい?」 よほど珍しいのか悟は驚いて聞き返す。 「え… 別にいかがわしい店とかじゃないよ。ただの飲み屋だし!」 ちょっと引かれた…。 「…… あーごめん。兄貴にしては意外だったから」 「そ、そうなんだ…。お兄さんは、常連さんが連れてきたの」 「…なんだ。接待か」 ホッとしたような、残念がるような顔で悟は呟く。 「きっかけは、お兄さんだけど…悟くんのことはずっと知ってたよ」 「なに俺、有名なの!?」 ふと出た三枚目ボイスに美雨の表情が和らぐ。 「悟くん、…。人気者だから友達も多いでしょ、男も女も」 「それって…うるせえから目立ってただけじゃ…」 気まずそうに目をそらす悟に美雨は寂しそうに笑う。 「いつも楽しそうだなって… 見てたんだ」 「…全然気づかなかったわ」 呟く悟に美雨が笑ってクラス違ったら気づかないよと言う。 話している内に普段の美雨は、作ったキャラだったのかとわかり始め、 今の美雨ならちゃんと話ができそうだと悟は切り出した。 「俺は、兄貴になれないよ」 はっきりと口に出すと美雨は涙ぐんでうんと言った。 「…… 知ってる。わかってたんだ…。最初から…」 「あのバカ兄貴が気を持たせるようなことしたなら代わって謝るよ…。ごめん」 「ううん…。日生さんの、お兄さんのせいじゃない…」 あたしが悪いの、と言った後…美雨は心の内を話した。 恋とかじゃなくて本当は、父親を求めていたのかもしれないと。 父親がどんなものかあたしは知らないから。 「ねぇ、恋ってどうするの…。気がついたら好きになってて…。 会えるのが嬉しくて、話せたらそれだけで幸せで…」 「……」 「しばらく会ってなかったら、急に会えなくなって… 既婚者だってわかって…。 この気持ちに… 想いには…行き場がないの…。 こんなに苦しいなら、好きにならなければ良かった―――…」 「それは君だけじゃないって…。みんな同じじゃないかな」 「え?」 涙に滲んだ視界で悟が苦々しく笑う。 「みんな、そういう思いしてるんだよ。失恋の忘れ方は、人それぞれだけどさ」 「……」 「俺が言いたかったのは、誰かに代わりを求めても誰も幸せにならないってこと。 君には、君の恋があって幸せがあるよ」 「…… やっぱりあの人の、日生さんの弟だね!」 「げっ! やめてくれよ…。思ったこと言っただけじゃん」 「あははは」 半分泣いて半分笑ってごめんなさい、帰ると美雨は頭を下げて駅へ歩いていった。 その後ろ姿を見送って悟は、つかつかと歩き出す。 「ねぇ、なんでそこに隠れてんの?」 柱の後ろには里佳がいた。
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