恋煩い

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「さ、悟くん…。気づいて…」 はっと顔を上げた瞬間彼が目を丸くした。 「え、これ…どういう状況? 涙ぐんでない?」 暑い夏の夕方に汗が通る男らしい喉仏が私に近づく。 緊張の糸が切れたのか急にあふれ出す涙…。 「りっ、里佳!?」 焦りから上ずった彼の声に通行人が私達を振り返った気がした。 「…行こう」 頷くより先に彼が手を取った。 私のマンションにもう少しというところで降り始めた雨。 近くの神社の境内へ駆け込んだら更に雨は強くなった。 「嘘だろ…。マジかぁ」 二人とも傘を持ってない。私よりも多く濡れた彼は絶句している。 落ちる水滴が邪魔なのか髪をかき上げる仕草一つにさえ、 男の色気が孕んでいて雨音しかしない二人きりの状況は私をドキドキさせる。 そんな私の内側をよそに彼が口を開いた。 「さっき…なんでずっと隠れてた? 出てくれば良かったじゃん」 「会社の人が見てたから…」 「は?」 当然のリアクションだ。何も知らない彼に私は話した。 桃澤さんが私と同じ部署にいることも。 彼女が悟くんへの気持ちを周囲にオープンにしてることも。 今日も会社から桃澤さんが悟くんといるのを、 興味本位で同僚達が見ていたことも…。 「よ、よりによって里佳の同僚…」 悟くんは、ゾッとしたように言う。 「立ち聞きしたのは悪かったけど… じっとしてられなくて。 急用があるって言って、会社から出てきちゃった」 仕事放ってきたりして社会人失格かな。 悟くんは驚いているのか、呆れているのか黙ってたけど。 少し意外そうにこう聞いてきた。 「仕事より俺を優先してくれたの?」 「だって元々今日は会う約束してたし… それに…」 「それに?」 悟くんの目が今までよりうんと優しくなる。 「桃澤さんに… 取られたくなかっ… !?」 恥ずかしくて俯きかけたところで思いきり抱き寄せられる。 「ちょっと拗ねてたんだ」 「え?」 「ガキみたいだけど。なんで出てきてくれないんだろうって…そういう事情があったんだ」 「…ん。ごめんね…」 彼の背中に手を伸ばして私も抱きしめ返す。 抱き合って彼が離れたのを合図に目を閉じる。 触れるだけのキスから始まり、 いつもなら深くなるタイミングでキスが止まった。 「里佳、俺が好き? …今も」 落とされる口づけは優しいのに…。 私を見つめるその瞳は、せつなくて私は息をのんだ。
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