恋煩い

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「今も…って、どういう意味?」 その聞き方だともう私が好きじゃないみたいだ。 そう聞くと彼の瞳は一層せつなさを滲ませる。 その様子を見て以前、びしょ濡れでやってきた夜を思い出す。 あの夜の悟くんはいつもと違った。 (悟くんに何かあったの…?) 「私も今日会って聞こうと思ってたの。 この間、いつもと様子が違って見えたから…悟くん?」 何か言おうとして黙る彼の頬に触れると肩が小さく揺れた。 「……そりゃ俺だって動揺したり、不安になったりするよ」 それだけ言って悟くんはまた目を反らしてしまう。 「……」 え、動揺? 不安? 色気より食い気の悟くんが? 「今、何か失礼なこと思ってない?」 (鋭い…) 「お、思ってない。ていうか待って。動揺したり、 不安になるようなこと私…したの…?」 思い当たることを再度マッハで考え巡らすけどさっぱりわからない。 「ごめんね。本当にわからなくて…教えてほしいの」 「……ッ」 私の言葉にはっとした顔をして悟くんは俯く。 「… あの人は…」 その声は震えている。 「あの人って?」 「…いるだろ。里佳の会社に名前で呼ぶ男…」 「名前で呼ぶ…? そんな人…」 はたと考えて気づく。佐倉先輩だ! 「あー… わかった。誰のことか」 私が思いきり嫌そうな、げんなりした声で言ったから。 悟くんは、ぎょっとした目で私を見る。 「こないだ地下鉄の乗り換えで偶然見たんだ。 その人は、里佳ちゃんって呼んでた。 後をつけようか迷ったけどやめて、里佳のマンションにも行ったけど…俺…」 (やっぱり佐倉先輩じゃないのーーー!! もう勘弁して!) 「……ごめん。その人、新人教育の時の先輩で…」 もう申し訳ないやら情けないやら顔を手で覆う。 「先輩?」 「今も可愛がって下さって…」 「うーん。可愛い後輩って目じゃなかったぞ?」 うっ、やっぱり先輩自身も言ってたように。 同性から見てもわかりやすかったのか! 好きだと言われたことも、つきあってほしいと言われたことも。 言ったら心配をかけるよね…? 黙っとこ。聞かせたくないわ。 「ちゃんと言ったよ。か、彼氏がいますって…」 「え! マジで!?」 「逆になんで? 私、悟くんしか見てないよ」 だから不安になるし、怖いのだ。 あなたより、年上で女性としての魅力が薄れていってしまうのが。 「俺は、…里佳が俺といて恥ずかしいんじゃないかって。 だから俺と付き合ってることを周囲に知られるのも嫌なのかと思った」 「ち、違うよ! むしろ私が悟くんを独占したくて…  それを知られたくなくて黙ってたの」 「……ッ」 悟くんの頬がぶわぁっと赤く染まる。 「ごめん。疑うようなこと言って……」 「…ううん」 私に悟くんを責めることはできない。 芯の部分で悟くんを好きなのは、本当でも、 佐倉先輩に私は、揺れ動いていた。 悟くんとだったら思い描くことのできない未来も。 佐倉先輩だったら描くことができるのかもしれないと。 それは私の弱さだ…。 「俺さ、里佳が自分の年齢を気にするところ」 「?」 「それは、女の人なら誰でも特有のこと程度に思ってたんだ」 「特有?」 「うちの母ちゃんも年齢のことは言うから。 女の人全般がそういうもんかなって」 「……」 うちの母ちゃん… そんなふうに思ってましたか。 「けど逆の立場になってみて里佳の気持ちがわかった」 「え?」 逆? 私の気持ち? 「俺に経済力はないけど、里佳のそばには… 経済力を持つ同年代の男がいるんだよな」 「……」 あぁ、佐倉先輩か。 それで不安にさせちゃったんだ…。 「ちょっと前に萌ちゃん、姉ちゃんにも言われてたんだよ。 その意味もわかってなかったんだ、俺…」 「すっごい反省モードになってるとこ、ごめんだけど、なんて言われたの?」 うなだれまくる彼に続きが気になってつい聞いてしまう。 えーそれ聞くの?って言いながら教えてくれた。 「年上の好きな人に甘えてちゃダメだよって」 「え?」 悟くんは私達のことをどこまで話しているのか、 彼女が年上ってことは知られてる模様。 「姉ちゃん自身も最近なんかあったみたいでさ。 年上の人は、年上だからこそ言えないこともあるって」 (年上だからこそ言えないこと、か…。確かに…あるわ) 「若姉なんか、5歳上の彼女とか暇つぶしに決まってんだろ!とかもう容赦ねぇし」 もう一人のお姉さんにも私のことは知られてるの…。 悟くん、よっぽど不安になったんだな。 お互いの不安がなくなったところで私達は笑い合い、 彼は場所も構わずに私を抱き寄せた。 いつの間にか雨は上がり、空には虹が円を描いていた。
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