恋煩い

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「うわぁ。海だぁ」 海と空が混じり合って溶けそう。 「いつか連れて行きたいなって思ってたんだ。里佳は、海なし県出身っていうし」 「えー覚えててくれたの?」 「当たり前じゃん」 終わりかけている夏の海。 泳いでいる人は誰もおらずサーファーの影もない。打ち寄せる波の音。 海辺にいるのは私達だけかと思えば犬の散歩に来た人がゴールデンレトリバーを連れてる。 「ゴールデンレトリバーだ」 動物好きの悟くんが嬉しそうに呟く。 滅多に来ない海に私も、はしゃいでめいっぱい楽しむ。 「里佳、歩くの速くない?」 「そう?」 気がつけば悟くんより少し先を歩いている。 「おいてかないでよ」 風になびく髪の向こう、うんと優しく甘くなる瞳に私が映る。 「私、はしゃぎすぎだね」 楽しい時間は、あっという間に過ぎる。 今が楽しければ楽しいほど次はいつだろうと思う。 「俺も浮かれてるから気にしないでよ」 眩しくて俯いてしまった私の前に悟くんが来ると、 首筋をつたう汗を目で追ったのがいけなかった。 いつの間にか悟くんはシャツのボタンをいくつか外していて、 ほどよく筋肉のついた胸板が見え隠れしている。 無邪気な少年の顔から男の色気がのぞく。 見ているのに気づかれた。 猫みたいにふわふわした前髪。 その奥で伏し目がちの瞳が私を捕らえる。 ずくりと小さく疼き始めるそれに見ないフリをして、 赤くなってる頬に気づかれたくなくて、私は黙ったまま海に視線を戻した。 「里佳」 名前を呼ばれて振り返ると背後から包まれる。 それと同時にやわらかな感触が唇に当たって…私達はキスした。 重ね合うキスじゃ足りなくて、彼の腕が私の腰を引き寄せたとき、 「行こうか」 少し高くて甘い声が耳元で囁く。 夜の帳が、下りようとしている。
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