恋煩い

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「やだぁ。雨降ってる~…」 先に更衣室を出た三人の同僚が空を見上げ、一人が呟いている 私も含め残業だった各々は、鞄の中を探し合うも私の鞄に折りたたみ傘は入ってなかった。 むわりとした生暖かい空気が肌にまとわりつく。 少し雨が弱くなるのを待って会社最寄りの地下鉄まで歩こう。 そんなことを考えていると、藤木くんから武史の話を聞いたせい? 頭は疲れているのに雨は余計なことを私に思い出させる。 ―――あれは、もう2年前。 武史と私、藤木くんともう一人結菜って女子がいた。 この4人は、入社式でわりと近くに座っていて新人歓迎会を機に仲良くなった。 それぞれ配属先の課は、バラバラでも、会えば学生時代の友達みたいに話せて 気の置けない仲間達って感じで私は好きだった。 私も藤木くんも結菜も、深く狭い交友関係で武史は、その逆。 浅く広くいつも一緒にいる友達は、違っていて年齢層も性別も関係なし。 誰とでも仲良くなれるのは才能か、ちょっと羨ましいくらいに思ってた。 自分の配属先が忙しいせいで私はあまり参加できなかったけど、 藤木くんや結菜は、武史と飲みに行ったりしていたみたい。 武史は、飲み会に顔を出さない私を心配してくれていて。 急に降ったから雨宿りさせてくれって表通り1本しか違わない場所に住んでるのに当時住んでいたわたしのマンションに何のアポもなしに来たこともあった。 今思えば独身で1人住んでる家によく入れたな、あの頃の私よ…って思う。 その頃は、武史を異性として見てなかった。 家に入れたら襲われるほど自分に女の魅力があるとも思ってもなかったし。 なんだかんだ武史と話すのは楽しかったし、武史とは故郷が隣接県だったの。 だからすごく気が合ったし、年の近い兄弟みたいになっていった。 それが崩れたのは、何がきっかけだったか覚えてない。 たぶん私か武史のどっちかが仕事がうまくいってなくて、励まし合ったことだったかな? お互い田舎から都会に出てきて頑張っていて労いあっていて…。 しんみりした空気の中であの日も雨が降ってきて雷が鳴った。 近くに雷が落ちたことに驚いてつい武史のシャツを握ったのよね。 停電になり、薄暗い部屋でぼんやり浮かぶ、武史のネクタイしてない首元。 頭に床の感触がして、その時初めて両手に指を絡められていて…近づいてくる武史の顔に目を閉じてしまった。 重ねられる唇の感触がやけにリアルで自分が今キスしてると理解するまで時間がかかった。 そこからは、もうなし崩しだったなぁ。 会えば抱き合う関係になるにはそう時間はかからなかった。 私がマンションにいてもいなくても武史は、来るようになったし、半同棲にまでなっていたと思う。 あの頃の私は、バカだから「つきあっていて大切にされてる」と思ってた。 好きだよって言ってくれて、まめに会いに来てくれて、どこにでもいる恋人同士だと…。 でもね、いいとこの長男として大事に育てられたのかほんの少しわがままで、 私が疲れてるからって拒むと機嫌が悪くなったりした。 そんなところはあっても総合的にはいい人と思っていたしつきあう=結婚って思ってたんだよね。 ほら私の故郷って田舎だから、同級生の結婚が20代前半とかすごく早くて。 そんな感じでつきあったら結婚っていうのは何の疑いもしてなくて…。 運と縁とタイミングなんて、言葉の意味もよくわかってなくて…。 武史に異動辞令が下りたとき、期待してた。 プロポーズしてくれることを。 一緒についてきてほしいって言ってくれることを。 でもそんなことはなくて、いつも通りシた後でなんで言ったと思う? 「俺、転勤になったわ。またな!」って。 トランクス1枚の姿でオイオイ何言ってんだ、こいつ…って思った。 せめて、せめてさ…つきあってたけど今は結婚考えられないから別れようとか、最悪そういう展開とばかり思っていた。 けどむちゃくちゃあっけらかんと言うから呆然とするしかなくて…。 武史が異動してからいろんなことを知った。 私は本命彼女でも浮気相手でもなくて、ただの都合のいい女だったってだけ。 武史は、私以外にも数人の女がいて同じようなことしてた。 そんな女にだらしない人だなんて知らなかったの。 ショックだったのは、数人の女の中に結菜がいたこと。 お互い知らなくて、しばらく武史被害の会って名目でしこたま飲んだけど。 結菜は、相当ショックだったのか会社も辞めてしまった。 今は、どうしてるのかわからない。 藤木くんは、学生時代からのつきあいの女性と結婚して、私の恋愛はそれから忙しくなる度に破局している。 別にすべての男性がみんなそうだとは言わないけど、私は以前ほど素直に男性を信じられなくなった。 正直結婚に足踏みしてる。田舎にも都内でも、結婚して子育てしていたり、 子連れで離婚したりしてる友達もいて、年の離れた姉さん友達には、離婚して最近再婚した人もいる。 結婚相談所で婚活して成婚なさったのだけど、何人もの男性とお見合いしたけど、女性が一番よい時に結婚したいって思ってる気持ちを男性はわかってないよねって。 すぐ決められないなら早々に別れる方が誠実なのにね…って笑っていらした。 悟くんは…? 考えてるはずない、よね。 地下鉄の階段を上がって改札が見えてくると見慣れた後ろ姿があった。 過去に心を囚われていた私は、小走りに駆け寄る。 「悟くん」 「あ、おかえり! 急に降ったからさ。迎えに来たよ」 話しかけると嬉しそうに振り向いてくれる。 耳や尻尾は、見えないワンコだ。 「ちょうど傘なかったの。ありがとー」 「ご飯食べた?」 「まだ~」 「俺もまだだからコンビニ行く?」 「行く行く!」 恋人に会えて嬉しい私は、ニコニコ。 「どうしたの? いいことあった?」 機嫌のいい私に悟くんが笑いかける。 「いいことが来てくれた」 差し出してくれた腕のシャツ。 その視線の先、どうして気づいちゃったの? 抱きついたりしないとつかない位置。 薄いピンクのグロス…。 動揺してる自分がいた。
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