恋煩い

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「…う~ん」 湯をはったバスタブに体を沈め、どうにか落ち着こうとする。 武史のことを思い出したせい? 動揺しすぎ。 冷静になって考えてみれば悟くんだって通学は電車だ。 混雑した車両でつけられたというのが現実的よね。 ほんの一瞬でも、動揺した自分が恥ずかしい。 仕事を理由に会う時間も作れないくせに悟くんを疑うとか、ありえないわ。 自己嫌悪になっていると悟くんが洗面所からドア越しに話しかけてきた。 「里佳」 「は、はい」 「なんだよ、寝そうにでもなってた?」 わ、笑われてる。 「ううん。起きてたよ。なに?」 「シャンプー減ってたけど今日使うには、足りた?」 「さっき使うには、大丈夫だったよ」 「そっか」 時々泊まっていく彼も使うシャンプー…髪質も違うのに気にならないらしい。 何か言いたげな様子に黙っているとてれくさそうな言葉が続く。 「あ、あのさ、忙しい時期が過ぎたら…今度一緒に入らない?」 「えっ?」 「本当に今すぐじゃなくていいから! …面白い入浴剤もらったんだ」 だから一緒に入ろうって…? 「…うん。楽しみにしてる」 「良かった。俺、ドライヤー用意してるから後でね」 「わかった」 悟くんがリビングへ戻って私は、ずるずるとまたバスタブに沈む。 そんなこと言ってくれるなんて思わなかった。 私、幸せなんだな…。だからこそ、いろいろ考えてしまう。 いつまでこうしてられる? 悟くんは、お兄さん直伝のフェミニスト。 女性に優しいから、私以外の女性にも優しい。 俺、モテないよ?なんて言うけど、本人が自覚してないだけだと思う。 ずっと私だけを見ていてくれる? この先もずっと…。 悟くんが私と同じ歳になった時、私は30になる。 あぁ、もう! やめようやめよう!! まとわりつく考えを振り切るようにバスタブを出た。 それからまもなく異動で戻ってきた武史と顔を合わせた。 「お、里佳。元気だったかぁ?」 「元気よ。ていうか社内は、名字で呼んでくれる?」 「いいじゃん。同期なんだしよー」 「同期でもよ」 「つれねぇなぁ。なぁ、今もあのマンションに住んでんの?」 変わらないなぁ…。この軽いノリ。 「住んでないわ。引っ越したもの」 「なんだ。残念。また一緒に飲めるかと思ったのに」 二人で飲むなんてごめんよ。 「嫌よ。他の誰かと飲めばいいでしょ」 「ちぇー。あ、そうそう。聞きたいことあったんだわ」 「なによ」 「里佳の課にさー。桃ちゃんって超可愛い子いるんだって?」 「はぁ?」 桃ちゃん? 誰のことかと一瞬考えてすぐ思い当たった。桃澤さんか。 「桃ちゃんって桃澤さんのこと?」 私と武史との話に入ってきたのは、藤木くん。 「おー。久しぶり。元気か」 「まあね」 さらりと交わす辺りが藤木くんだ。 「桃澤さんがどうかした?」 「ん? あぁ、超可愛い子がいるって噂になってたからさ」 「それで見に来たの?」 どうせ本気じゃないくせに呆れる。 「ついね。で? どの子だよ?」 「ちょっと! 勤務時間中でしょ。後にしなさいよ」 「帰ったら誰かわかんねーじゃん」 「相変わらずだね。武史」 藤木くんも苦笑い。 「桃澤さんならさっき人事課にいたけど彼女、彼氏いるよ」 「藤木くん、よく知ってるね」 「デスクに写真あるよ。彼氏の写真を飾るとか彼女らしいよね」 「へぇー…。そうなんだ」 「なんだ。男いんのかよー」 相変わらずの武史は、悔しがってたけど私には他人事。 その時は、彼氏いるのかぐらいだった。 月末になるとますます仕事は、ハードになり、 起きてる間に悟くんに会えなくなっていた。 悟くんも私が忙しい間にバイトを増やしたらしく、 落ち着いたら二人でゆっくり過ごそうねと話していた。 今は、帰宅すれば日付が変わっているなんてざら。 肌だけじゃない。心から潤いがなくなってゆく…。 ただ抱きしめてもらうことも出来ないで寂しい時間だけが増えていって…。 心にもビタミンは、必要で…もう限界かも、そう思ったとき。 彼女の机に、それはあった。 ライン通知がうるさくてそれに目をやったのがいけなかった。 スマホのそばに置かれた写真立て。 家族写真をデスクに飾る人は、他にもいるしそれ自体は気にならないけど。 私が気になったのは、そこじゃなく…。 彼女と一緒に並んで写っているのが他でもない、悟くんだったから。 つい桃澤さんの唇を確認してしまう。 可愛いピンクのグロス…。あのシャツと同じ?? どくりと胸が嫌な音を立てる。 これっていつの写真だろう…。 どうして…どうして一緒に? 悟くんと桃澤さんは、知り合いなの?
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