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4.知らない父
「お父さん」
次の日、京子は夕食後、テレビの前でくつろいでいた父に声をかけた。
「なんだ」
サッカーの中継を見ながら、生返事を戻した父に、京子は固い声で尋ねる。
「かさねさんって、どんなひとだったの」
「……姉さんか」
「うん。かさねさんについて知りたい。小さなことでもいいの。どんなことが好きで……」
……どんなひとが好きだったのか。京子はそれだけはよく知っていた。
「かさねは」
父の手元のリモコンが、テレビの音量を落とした。
「かさねは、どんなひとだったのか、正直、俺はよく知らない。部屋に閉じこもってばかりのひとだったから」
「そう」
「学校でも目立たなくて静かだったみたいだな。成績は悪くなかったみたいだが」
「あんまり話さなかった?」
「ああ。……――京子、突然、どうしたんだ。もしかして、あのワープロのせいか」
「え、ううん、違うの。いまの私の部屋はかさねさんの荷物部屋だったって聞いたから、どんなひとだったのかって気になって。今まであんまり話に出てきたことがなかったし。おじいちゃんもおばあちゃんも、お父さんも、かさねさんについて話さなかったよね」
「そうだな」
「昨日、仏間の掃除をしたの。でも、仏壇にかさねさんらしい写真はないでしょ。写真もなくて、話もなくて、まるで」
「初めからいなかったみたい、か?」
「え」
京子は驚いて父を見つめた。父は振り返り、
「忘れたかったんだよ」
と言った。
「それ、どういう意味」
「そのままだ。みんな、かさねのことは忘れたかった」
「どうして、そんな」
そんな、淋しいことを。京子が飲みこんだ言葉を読み取り、父はテレビを見続けたまま、
「かさねの記憶はつらいからな。忘れたかったんだよ」
と告げた。
「つらいって、どういうこと?」
「そのままだ。つらいは、つらいだよ。棘になってるってことだ。京子、さあ、お風呂に入ってしまいなさい。もう寝なさい」
「え、まだ早くない?」
「いいから」
父は強く言い切った。
「おまえはもう、寝るべきだ」
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