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1.知らない機械
「え、これ、なに?」
京子(きょうこ)は薄く埃で覆われた木机の下から、その機械を引っ張り出した。だいたいA3の紙くらいの大きさで、分厚いトースト三枚分くらいの厚みがある、灰色で丸みを帯びた機械。取っ手のようなハンドルがついていた。
「ああ、それはワープロだよ。懐かしいな」
埃を手で追いながら、父は答えた。
「ワープロ? って、なに?」
掃除を放り出して、京子はその機械をいじくった。蓋のような部分があり、そこを開くとモニターとキーボードが現れた。
「タイプライターみたいなもんだよ。今はもう見かけないな。それ一台で文章入力もプリントアウトもできるんだ」
「お父さんの?」
「違うよ」
父は短く答えた。
「じゃあ、誰の? おばあちゃんじゃないよね?」
「――……たぶん、かさねのだよ」
「かさね?」
京子はぽかんと繰り返した。膝にワープロを乗せてこちらを見上げる娘に、父はため息を漏らす。どうやら納得するまで、京子は掃除を再開しないらしい。
「姉さんだよ。俺の姉さん。それは、かさねおばさんのワープロだ」
「おばさんの?」
くり返して、京子はワープロの蓋を閉じた。
「ずっと前に死んじゃったおばさん?」
「そうだよ、十八歳で亡くなった。この部屋はかさねの荷物部屋だったから……おばあちゃんはかさねの荷物を全部処分しなかったんだな……」
「このワープロでおばさんはどんな文章を作ってたの?」
「知らないよ。かさねが文章を書いていたことはなんとなく知っていたけど、どんなものを書いていたのかはわからない。見せてくれたことがなかったから」
「この中に保存されているの?」
「だろうね」
「パスワードとか、かかってるのかな?」
「ワープロにそんなものはないよ。本当に、文章を書くためだけの道具だから。普通にコンセントを繋いで電源を入れれば、もし中で保存された文章があれば、見えるだろう」
「見ないの?」
「必要ない」
父は言い切り、雑巾を京子に渡した。
「ほら、ずいぶん手が止まってるぞ。明後日からここで暮らすんだろ。ちゃっちゃっと掃除しないと終わらないぞ」
「これ、もらってもいい?」
「……捨てたいけどな」
「え、どうして? おばさんがどんな文を書いていたか知りたくないの?」
「もういいんだ」
父はさばさばと言った。
「かさねは三十年前に死んだ。いまさら、かさねの言葉を知ったところでどうしようもない。おじいちゃんもおばあちゃんも亡くなって、もうすべて終わってしまったことなんだから」
「ふーん、そういうもんかな……」
京子は父の態度に少しひっかかったが、なにより文書が入っているワープロというものに興味をそそられていたので、父が捨てないように、廊下へ運び出した。
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