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こんな翼でも
カシャンと乾いた音がして、古い鎖が砕けて落ちた。
鉄製の扉が重々しく開かれて、黴臭い空気が扉の隙間から外へと一気に解き放たれてゆく。
少し遅れて、いつかの青い瑞々しい匂いが鼻を通って肺に満ち満ちていった。
眩しい、気がする。
開け放たれた扉のすぐ隣には人影があり、未だ動けずにいる僕を見下ろしているようだった。
何が起きたのか分からない。分からないけれど、そこに立っている彼はきっと「自由」そのものだと。直感的にそう思った。
「自由」が僕を迎えに来た。
その手を真っ赤な色に染めて。
もう随分と碌に動かしていなかった身体と、同じ大きさのそれを引き摺って僕は青臭い匂いに誘われるように扉へと近づく。
ずるずると、埃まみれの固い地面を引き摺るそれは本来の色とは程遠く今は少し灰色がかっている。
気味が悪いなんて、思わないのだろうか。
扉の先に立つ彼はふっと柔らかく口元を歪めると、片足を引き摺る僕に汚れていない方の手を差し出した。
白くて細長くて、繊細で。
今の僕のものとは大違いなその色を少し羨ましく思いながらも僕は薄汚い手を伸ばす。
すっと触れ合った、指先と指先。
瞬間風が吹き抜けて、ぶわっと辺り一面の汚れを吹き流すかのように通り過ぎていった。
風に驚いている間に彼はぐいと僕の手を引っ張って自身の方へ引き寄せると、薄汚れたそれごと抱きすくめてしまう。
あぁ、汚いのになぁ。
臭くないかな。彼まで汚してしまわないだろうか。そんなことばかり思うのに、離して欲しいとは思わなくて。
ただただ生まれて初めて、いや、僕が忘れているだけで久しぶりなのかも知れない「体温」というやつが心地好くて自然と瞼が下がった。
そんな僕の後頭部をゆるゆると撫でる彼はとても残酷で、優しい。
だって彼は「自由」なのだから。
「嗚呼、可愛い私の子。…遅くなってしまって本当にごめんね」
彼が囁いた。とくとくと、規則的なリズムが聞こえる。
「自由」なきみは、生きているんだなぁ。
抱き締め返すと、彼は微笑った。彼の肩に顔が密着しているからどんな顔をしているのか分からないけれど、僕はただ嬉しいと感じた。
「きみはもう、自由だからね」
そう囁いて、また彼が笑う。
自由。
僕のこの薄汚れたものも、やっと役立つのだろうか。
僕にはあってきみには無いもの。
きみにはあって僕には無いもの。
すっと身体を離すと、彼が手を引いて扉の外まで連れて行ってくれた。一面に広がる痛いくらいの青。そして、どこまでも吹き抜ける風。
手は繋いだまま、背中でずっと縮こまっていたそれを思い切り広げてみる。するとバサッと自分でも驚く程大きな気持ちの良い音がして、その音にびくりと身体を跳ねさせた僕に彼がまた「ふふっ」と笑った。
ゆっくりと動かしてみる。…うん、動く。
バサバサと音が鳴る度に、こびり付いていた埃が払い落とされていく様だった。
「大丈夫だよ。飛んでいけるよ」
どこまでも自由な彼が言う。
その声に少し、寂しそうな色を乗せて。
「やだよ。一緒じゃなきゃ」
どこまでも我儘な僕が言う。
するときみは、また微笑った。
飛べるだろうか、この古びた翼で。
一人分でも重いのに、きみを連れて二人分。
飛べるだろうか。いや、それでも僕は。
「飛びたいのなら、いつでも飛べるよ」
手を繋いだままのきみがそうやってまた笑うから、単純な僕はすぐその気になってしまうよ。
「「じゃあ、行こうか」」
ふわりと地面に舞い落ちた真っ白な僕らの欠片を、きっといつか誰かが拾うだろう。
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